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ADHD/LDなのかな・・?と感じ、病院や専門機関へ 診断に行くきっかけ/経緯や、障害というものについて思うこと

1ADHDなのかな・・?と初めて思うとき

ADHDやLDの診断基準やその症状や特徴の話しを聞いて、「そんなの誰でもあるじゃない。何でも障害に結びつけるのは、よくないよ・・」というような話しを聞く事があるのだけど・・・。

その言い分もわかるのだけど・・・。でも、実際に「社会での生きにくさ」、「集団生活(学校や幼稚園・保育園)での不適応、また不適応からくる度重なる叱責や、他の保護者から、または先生からの苦情・・・」等が何度もあり、その生きにくさや周りの人からくる苦情について、親はどのように考えていけば、良いのかな・・・?と

 例えば、幼児期に公園へ遊びに行き、ブランコの順番を待つことが、とても困難というとき・・・。「子どもは、皆待つのは苦手だよ・・」と言うのは、わかるのだけど・・。でも、その順番の待つという状態が、「まずそこの場所に立っていられず、走りだす」、「かんしゃくを起こす」「ブランコに乗っている子の目の前に、飛び出して怪我をする・・」こんなことが、しょっちゅうだったら・・?公園に遊びに行くだけでも、色んな意味で大変だったりしないか・・・?。

買い物に行くと、本当に1秒でも目を離したら、いなくなっていて、商品陳列の中で、かくれんぼしていたり、勝手に商品を開けたり、店内を走り回っていたら・・?それが、買い物行く度で、店内のブラックリストに載るんでは?とヒヤヒヤするくらい・・・。

レストランに行ったとき、やはりじっと座れず、店内を走り回ろうとしたり、テーブルの下にもぐったり、イスの上でかろうじて座っていても、動くので、ウエイトレスさんが食事を運んでいるのを、邪魔してしまうくらいの、動き回ってしまうのが、毎回のようにあったら・・・?

熱い料理なら、こぼして、周りの人にやけどをさせてしまうこともあり得るし、やけどをしなくても、お皿を割ってしまったり、料理をこぼしてしまったりなどは、周りでゆったり食事している人の気分を台無しにしてしまうんじゃないかって・・。

初めての幼稚園の面接の時に、「じっとせずに動き回る」「動き回り、イスの上、机の上に乗ったり」「面接の場で走り回ったり・・・」そしたら、どうなるかというと、幼稚園のほうから、面接後、入園を断られたりする。。傷付くよ・・こういうのは・・・。


9いや、そういう子供いるじゃない・・

と・・まだ言うなら、
幼稚園を断られる・・または、入園してからの苦情には、どうしたら良いですか・・?と、こちらは思う。「そういう子供いるじゃない・・」と、言葉で言うだけなら、簡単じゃないか・・・????

どうすればいい・・?
どんなに言ってもきかない子供を、厳しく躾ければ、厳しく育てれば、良くなるの・・?

でも、厳しく躾ければ・・・、厳しく育てれば良くなる・・? というのは、ちょっと違うというのは、これは、ハッキリしている。。。なぜなら、本人を本当に理解した状況で育てなければ、精神に支障をきたし、何かしらの精神疾患につながりやすい・・になってしまうから。。

それに、何度も叱っても、厳しくしても、良くならない・・むしろどんどん状況は悪化する・・これは、ADHDやLD・PDD(広汎性発達障害)を持っている人、または育てた人達が充分知っている事実なんだけど・・・・。
だから、「そんな子供はどこにも居るじゃない」と言うだけの人は、ADHDやLD・PDD(広汎性発達障害)がどんな、障害特性なのか、知らないから、口先だけで言えるのかなーー???

子供の個性や気持ちを充分理解し、その子供に合った育て方を考えるというのは、小さい頃なら特に、子供それぞれの発達段階を意識して育てた方が良く、

発達段階・・・・例えば、2語文の言葉すらまだ上手く話せない子供に、「早く3語文で話せるように・・」と、階段をいきなり2段飛ばしで上がるような、強制・矯正するような育て方は、子供にとっては、何だか辛いし、わかりにくい。

2語文の言葉がまだの子には、その子供に合った会話のコミニュケーションをしながら、徐々に単語を覚え言葉を増やした方が、ずっと良い。

今は核家族化していて、親が子供を一人で抱えて、育児に悩むというようにもなりやすいので・・・、保健婦さんや、乳幼児検診、子どもの相談機関などで相談してもいいと思う。
または、書籍、TV、新聞、インターネット等で、ADHDやLDを知り、「うちの子は、もしかしたら、ADHDまたは、LD、アスペルガー・・・?なのかな・・?」と気になり、具体的にどのように考えていったら良いか知る為に、専門機関や専門の病院等に・・・、となるんですよね。。


2診断されて良かった・・

とよく聞きます。でも、これをはたからみると「そんなの誰でもあるじゃない。何でも障害に結びつけるのは、よくないよ・・」というように・・、とられてしまうのかな・・?

診断されて良かったというのは、何も障害と認定されて、喜んでいるわけでは、全くないのですよね・・・。今まで、どうしてこんなにもうまくいかなかったのか?、うまく出来ない・うまくいかないのは、
自分という人間がダメな人間だから・・という、自己を否定したり、精神的に追い詰められていた状況から、

原因や理由が知れて、今後どのように考えていけば良いのか・・?という方向性を少し見つけることが出来て、良かった・・・・。という意味での「診断されて、良かった・・」なんですよね。。そもそも、障害と認定されて嬉しい人なんて、あまりいないと思います。。


3その人によって、特性・状態・症状が違うし、環境が違えば、もっと違う・・

ADHDが主症状だけなら、小学校のうちに多動もおさまり、社会的に適応がよくなり、成人になった際の自立できる能力が、充分備わるという統計があり、実際に育つ過程の中で、二次障害(ADHDやLDが原因での、無理解による育ちや環境からくる、精神障害の合併)さえなければ、確かにそうだよね・・というのは、感じます。

LD を合併していた場合、そのLDの内容にもよりますが、障害がADHDだけでなく、LDという障害も併せ持つので、障害が2つに増えた分、もうちょっと困難さが増したりします。でも、これも、その人がどれくらいのADHDの症状を持っていて、どれくらいのLDの内容かによるので、LDと合併していたからと言って、ADHDとLDを重複している人、全てが生きにくい・・というわけでは、ないのですが・・・。

また、環境によっても、適応の状態や生きにくさが違うというのがあります。二次障害というのは、主に、この環境・・・、つまり周りの人たちとの関係で、二次障害がおきたりします。

なので、逆に環境が本人にあってれば、適応も良く、二次障害にはなりにくいというように、周りの環境によって、適応の内容や、ハンディの度合いが、変化するんですよね・・。

10例えば、のんびりした環境、

例えば、のんびりした環境、また周りの大人達も、のんびりとした雰囲気なら、子どもが、激しくその辺を走りまわっていようが、木の高いところにのぼっていようが、あまり神経質にならずに、気にしなかったりします。TVでもたまに、捕まえた蛇を得意げに持って、肌シャツと短パン、サンダル履きで、嬉しそうに、駆け回っている子供とか見るじゃないですか・・、子供時代を野生児のように遊べる環境は、ADHDの子には、向いてる環境かな・・?と感じるんですね・・。

「きちんとしていなければいけない環境」というのは、得意なこと、苦手なことのデコボコが目立つ、ADHDやLDの子には、ちょっと不適応になりにくいと感じます。。。「きちんとしていなければいけない環境」というのは、

「全てにおいて、きちんとする・・・、つまり、全てにおいて、それなりに出来ないといけない・・」というようなことを、求められやすい環境だったりするので、得意なこと、苦手なことの差が大きいほど、「全般的に、それなりに出来ないといけない」環境は、ちょっとあわないかな・・と感じます。。。

幼稚園は、私立に行かれる方が多いので、私立では、それこそ色んな教育方針ありますよね。。なので、幼稚園の特色が、その子どもに少しでも合えば、不適応さは少しでも緩和できるし、あわなければ、不適応さは増すので、環境と、その子どもの適応の変化は、とても関係があるというのが、幼児期の幼稚園から考えてみても、感じることが出来ますし、

小学校以降も、公立の学校に行かれる人が多いですが、公立と言っても、地域の環境や、地域の教育委員会の考え方、学校の校長先生、担任の先生の考え方など、様々なので、その学校の特色や雰囲気が、少しでも、本人に合えば、もう少し不適応さは、減るのですが、本人が二次障害にならないよう、また周りとの不適応を、どのように考えていくか、常に周りとの兼ね合いがすごく影響あるんですよね。。


4その人によって、必要な環境や支援が違うということがあるので・・

ADHD、LDと言っても、その人の持っている症状の強さや、内容は、違うので、その人の必要な支援や環境は、本当に違うのですね。。なので、ここで、やはりそれなりに、親も努力しなければいけないところなのですが・・

「そんなの誰でもあるじゃない。何でも障害に結びつけるのは、よくないよ・・」という話しをよく聞くことがあるのですが、それと同時に、「そんなに大変なら、個別指導学級に行って・・」という話しも聞きます。

どうなんでしょう・・「そんなの誰でもある・・」という方もいれば、「大変なら、個別指導学級に行って・・」というお話し・・。この2つのよく聞く話しだけでも、ADHDやLDということへの、捉われ方の極端な違いを感じます。

それと、同時に、ADHDやLDを持っている子どもの求める支援や環境というのは、このよく聞く2つの話のような、極端な内容ではなく、、本当にその子どもによって違うのですね。。

親なら、自立した成人になって欲しいと思うのはありますよね。。なぜなら、子どもを自立できる成人に育てるのが、育児の最終目標であるというのもありますし、年齢で言えば、親は、いつかは子どもより早く死ぬというのもあります。いつまでも、子どもの面倒を、見れるという保証は親も出来ないのです。だからこそ、育児の最終目標が、自立につながるんだと思うんです。

そして、その人自身の自立というのも、それぞれなんですよね。
得意分野やがあり、それを生かした職業に進み、生活できるような自立のされ方の人もいれば、毎日作業所にいき、グループホームで生活していく自立もあり、その人にあった・その人が選んだ、自立生活は、本当に、それぞれです。。。

自立した成人になるという過程の中で、必要な支援や環境や理解というのは、その子供によって、違うのですね。。だからこそ、親は、その為に、努力しているというのがあります。


5PTSD/心的外傷後ストレス障害

という、「障害」という言葉がつく、診断名があります。。。PTSD/心的外傷後ストレス障害という言葉を聞いて、たいていの方は、

大変な事故や事件・災害に見舞われ、その時の記憶が心から抜けず、何度も蘇ったり、突然その記憶が蘇ったりと、非常に辛い、苦しい心の状態で、日常生活に支障が出たりするので、「障害」という名前がついたのかもしれいませんが

大変な事故や事件・災害に見舞われた方に多く見られる症状なので、ここで「障害」という名前がついても、それにたいしての、偏見より、「辛かったでしょう・・大変だったでしょう・・・」と、思われる方が多いのではないか・・と

運動会では、「障害物リレー」とか、「障害物競走」というのがあります。。前に進むのをはばむ物が、たくさん仕掛けられた中での、種目ですが、障害者の生きにくさに似ています。

私は、障害と聞いて、まず思い浮かべるのが、この「障害物リレー」とか、「障害物競走」だったりします。。だから、「障害者というのは、困難を乗り越えながら生きていく人」という、印象が自分の中にありました。。

私は、そう思っていますが、それでも「障害」と言う言葉が、偏見のかたまりのような言葉に聞こえるのは、それは「障害者」を偏見で、見ている人がたくさんいるからでは無いかと思うのです・・・。

「○○障害者」というと、どこか偏見な目で見られたり、異端のようにも見られたりする・・・。でも「PTSD/心的外傷後ストレス障害」と言うと、偏見な目では見られない・・・、同じ「障害」という言葉が入っているのに・・・


6障害って特別なことなの?

障害って、特別な事だと思いますか・・・。私は、子供が障害と名のつくものに診断されて、初めて障害というものを、意識することになりましたが、

障害というものを身近に感じて、気がついたことは、「誰でも、障害者になる可能性がある」という事でした。事故や病気で、命は助かったけど、障害は残るということは、あるのだということ・・。

自分が、事故や病気で、命は助かったけど、障害は残るという状態になったときに、ハンディを持ちながら生きるということに対し、どんな生き方をしたら良いのか、考えた事はありますか・・?

障害に偏見を持つのは、その人の考え方ですから、どうこう言うつもりは無いのですが、病気や事故で、健常者が、障害者になる確率は、0%だと保証できるものではないと言うことは、事実だと感じます。

どんな人も、障害者になる可能性あるということ。。。私は、子どもを通して、障害・ハンディを持って生きるということを、考えるようになりましたが・・・、

健常者の方と比べれば、ハンディがある、障害があるというのは、周りの方からの、支援や理解が、とても重要になるので、確かにハンディがある分、特別なのかもしれません。。

だけど、健常者が、障害を持たないという絶対の保証も無いということを思うと、障害というのは、特別なものでもあるし、今健常者である人も、障害を持つ可能性も、ゼロではないわけで、障害というのは、特別なもののようで、特別なものではないんだ・・と感じています。


7レッテル張りとか、型にはめているとか、そう捕らえる方もいるようですが

理解を求めていくというのは、精神的なエネルギーを、かなり使うんですよね。、当事者にならないと、こういった心情とか、実情というのは、きっとわからないのかもしれない・・とも思います。

レッテル張りとか、型にはめるとか、だけ言って終わりにされても・・と思います。言葉であれこれ言うだけ、言うのって、とても簡単なんですよね。。

子どもの特性を知って、理解し、育て、また周りの支援と理解を得る為の、手立てのひとつとしての診断名があった・・でいいじゃないか・・と思います。


8
それでも、なんだか「障害」って言葉じたいは、周りの偏見もあり、なんだか、暗いイメージありますよね。「障害者」というより、「障害に対してチャレンジする人」と言う意味で、「障害者」を「チャレンジャー」と言う国もあるそうです。

私も、「チャレンジャー」という、言い方のほうが好きだな。。
それと、「LD」は、断然、「Learning Different(学び方が違う)」と言う方が好き。
ADHDは、「うっかりさんだけど、愛嬌たっぷり」とか 、
自閉症スペクトラムは、「内なる能力を秘めたクールな人」とか、そんな感じの意味を含めた、いい表現言葉無いかな・・?

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