関わりの難しさと受容の難しさ(ADHD/LD/PDD)

1障害の理解を考えたとき、多動で、言葉もうまく話せない、

言語理解もおぼつかない2歳半の息子を、どう育てていったら良いか・・・というのを導いてくれたのは、中川信子先生の「心をことばにのせて」に書かれたお話でした。知っている方も、多くいると思います。。

専門用語でいうと、インリアルという関わり方だそうです。でも、子育て上手なお母さんは、この関わり方を自然にしている方も多いと思います。

・沈黙(S silence)  静かに見守る。

・観察(O observation)
 口を閉じ、目を開けて子どもをしっかり観察する。体調や気持ちを読み取る。

・理解(U understanding)
 観察した事柄を、今までのその子の情報と照らし合わせて理解する。

・聞くこと(L listening)
 今その子が言っていること、今まさに言わんととしていること、まだ全然言えないことも、全部聞こうとする聞き方。心と体を全部アンテナにして、子どものほうに向けておく。

側にいて見守るように、子どもの感性や感情を感じながら、一緒に関わっていくことで、


2特に「今その子が言っていること、今まさに言わんととしていること、まだ全然言えないことも、全部聞こうとする聞き方。」

多動で、言葉もうまく話せない、言語理解もまだおぼつかない息子に、このお話を読んで、大丈夫、それでも、ちゃんと関われるし、育てていける・・と、育児に前向きにさせてくれるお話でした。

うまく気持ちを表現出来ない子どもの気持ちを理解しようとしても、わかりずらい・・というのは、ありますよね。。でも毎日暮らしていると、なんとなくわかるってことも、わりにあったりしますよね。。

「今その子が言っていること、今まさに言わんととしていること、まだ全然言えないことも、全部聞こうとする聞き方。」って、

「子どもの気持ちが、今こうである・・」と決め付けるような意味での、聞き方ではなくて、「今、もしかしたら、こんな気持ちなのかな・・?」と、子どもの感性や感情を感じ取ろうとする意味での、「聞き方」だと理解したら、

2歳半で、言語理解もうまくいってない、そして自分の気持ちを、うまく表現出来ない子どもの気持ちを理解するのが難しいなら、まず子供の感性を感じ取る事から、始めれば良いんだ・・と思ったら、なんだかすごく楽になれたんですよね。。


3遊びの中や、日々の生活の中での、体験や経験を子どもと一緒に過ごしながら、一緒に感じながら、子どもの感性に気がついていくのって・・

インリアルでは、関わり方をとても重要としているので、より良い関わり・コミュニケーションが取れるよう、ビデオを見て、関わり方の修正をしていくそうなのですが、

私も、子供が生まれたときからの、ビデオを見たんですね。そしたら、息子から、私へコミニュケーションとろうとしている場面が、ひとつあったのですね。。1歳の誕生日のビデオにそれがありました。私は、洗い物をしていて、息子が、新聞のチラシをたくさん、私へ持ってきて何か言っているのです。

でも、私は台所で洗い物をしていて、全然気がついていません・・。この様子、旦那がビデオに取っていたのですが、ここでまず旦那が、「ママ、アルファが、ママに見せたいものあるといって来てるよ」と教えてくれれば・・とも思うのですが・・、まあ、そんなことより、私へコミニュケーションとろうとしている場面があった・・!と思ったら、すごく嬉しかったのです。


4子どもの感性に添って、一緒にいると、表現が苦手な子供が、コミニュケーションをとろうとしている、小さな瞬間にも、敏感になってきて、子供からのわずかなコミニュケーションの表現も、すかさずキャッチできることもあるんですよね。。

子どもの感性や感情により添い、感じ取ろうとしていることを続けていると、子どもの気持ちを決め付けるのがどんなによくないことか、と気がつかされるんですね。。

確かに、自分も、誰かに「あなたは、○○でしょう」とか、「あなたは、○○じゃないか」って、決め付けられるような感じで言われたら、すごく心に圧迫感のようなものが押し寄せてきて、とても嫌ですし、

自分の気持ちなのに、相手の感性だけで勝手に判断されると、私の気持ちの中で感じることは、認めてもらえないんだ・・とも、思えてきてしまうんですよね。気持ちを決め付つけられるのって、何だか嫌ですね。すごく心が凹むというか、心の元気が無くなってくる。。


5決め付けるというのは、狭い枠での中の考えでしかない・・心は、常に動いているもの、育つものであって、決め付けた考え方には、その成長を止めてしまうような印象をも感じてしまうんです。。。

「心をことばにのせて」では、まだ話せない子どもの療育や育て方として、体験を通じて言葉の遅れを持つ子どもの関わり方(インリアル・アプローチ)として載っていたのですが、「SOUL」は、その人の心をたくさん理解したいのだけど、理解するのが難しい心の人の為のものだと思うんですね・・・

年齢が高くなれば、言葉での表現も豊かになり、幼児期の頃とは違うというのは、当然なのですが、それでも、少しでも感情や・感性から、気持ちを汲み取ることが出来れば、子どもの気持ちをうまく引き出すことの手伝いくらいは出来るかもしれない。。考えがうまくまとまらない子どもの悩みを、少しでもまとまるような手伝いくらいは出来るかもしれない。。気持ちに共感することがもっとうまく出来るかもしれない。

だから、これからも「SOUL」の考え、側にいて見守るように、子どもの感性や感情を感じながら、一緒に関わっていこうとは思っています。。

SOULの考え方は、体験を通じながら一緒に過ごしていくことが多いのですが、この過ごし方が、そのまま子どもの感性や感情の理解、そして、障害といっても、幅広い、子どもの特性によっても全然違うんだ・・・ということを、すごく感じるんですよね。。だって、感性や感情って、本当にその人・その人、皆違うんですもの。。


6「受容」って言葉で言うと簡単だけど・・

受容というのは、意味としては、受け入れるということですが、受け入れるって言葉にすると、簡単だけど、親にしてみれば、育てるということと、責任というものが同時にあり、難しい子育てを、どう理解し育てたら良いか、今まだ、子育ての最中で、試行錯誤しながらの子育てだったりしますよね。。。

また本人にとっても、生きにくさが多ければ、障害の受容に対して、葛藤や色んな思いがあると思うのです。

そして、どんな人も、事故や病気で障害者になる可能性あるということ。。。私は、子どもを通して、障害・ハンディを持って生きるということを、考えるようになった時、

自分が、明日急に、障害・ハンディを持って生きるということになったら・・・・、自分自身その障害に対し、どれだけ受容できるか・・?と考えたりもします。

ハンディがある、生きにくいからこそ、心の葛藤が出てくるのも、当然だと思うと、葛藤と受容の心の揺れはあると思うのです・・・。受容だけに目を向けるのではなく、葛藤している心の状況も肯定していかないと・・・と思うと・・・。

障害の受容というのは、本当に奥深いと思っています。だから、簡単に受容という言葉は、私には使えない。。。

親の私が出来る事は、楽しいことも、嬉しい事も、辛い事も、苦しいことも、子どもと共に色んなことに、悩み感動しながら生きていくことと、試行錯誤しながら育てていくことしか出来ないのです。。。