心の育ちと多動と感覚統合(ADHD/LD/PDD)

1心の育ちと多動と感覚統合

アルファは、友達と遊ぶのは嫌いではなかったし、全く友達と遊ばない訳ではなかったけれど、幼児期は、あまりにも多動・人の話をうまく聞き取れない、動きが不器用、対人関係が希薄・・などもあり、なかなか友達とうまく遊べませんでした。

多動で、人の話をうまく聞き取れない、不器用でも、友達と遊びたいという気持ちがあれば、トラブルがあっても、遊びに参加することで、いろんな社会性も学べたと思いますが、アルファは、自分中心の気持ちもとても強く、友達に合わせて遊ぶのもとても苦手でした。

なので、友達とあまり積極的に遊ばない、先生にもあまりなつこうとしない、対人関係が希薄で、また会話も一方的な部分もあったので、低学年くらいの頃までは、自閉的傾向があると、専門の先生からは、言われました。

確かに、人に対して、希薄だと感じられるアルファだったので、自閉的傾向と言われても、納得できる気持ち半分と、なんでもすぐに何かの症状に結びつけられることに、なんとなく違和感を感じてるのが、半分・・でした。。。


4赤ちゃんのとき

本当によく泣いて、一日じゅう泣いていました。泣いてばかりいて、睡眠不足になるんではないかと、心配なくらい、泣いてばかいまいました。。抱いて、体をゆすっていると、泣き止んで,寝てくれるので、息子が眠れるように・・、24時間、抱いて、ゆすって、いました。

寝るときも、アルファを抱く腕の下にクッションを置いて、アルファを抱いているようなカタチになるように、腕の高さを調整しながら添い寝をしていました。

生後、4ヶ月目くらいから、少しづつ泣く時間が減ってきました。だけど、 赤ちゃんに、「いないいないばぁ」とあやして、笑わしてあげるという事が、私のほうが思いつかなかったので、あやして笑わしてあげる母親ではありませんでした。

抱っこして、ミルクを飲ませて、たまに話しかけて、そんな感じに赤ちゃんのアルファと関わっていました。たまに私の母が遊びに来てくれた時に、アルファに、「いないいないばぁ」をして、あやしてくれましたが、その時のアルファは、よく笑っていたのを覚えています。


56ヶ月の頃、同じ月齢の赤ちゃんと遊んだとき、

その赤ちゃんのお母さんが、アルファのおもちゃを使って、「いないいないばぁ」をしたときも、とても喜んでいて、アルファのおもちゃを、一緒にいた赤ちゃんが取ろうとしたら、アルファは怒ったりして、"赤ちゃんなのに、自分の物って知っているんだぁ" と感心したのを覚えています。

あやしてあげると笑うのは知っていたのですが、それがどれほど大事なことかは、私は全然知りませんでした。私自身も、たまに「いないいないばぁ」をしましたが、恥ずかしくて、とてもじゃないけれど、出来ないといった感じもありましたが、何より、その当時は、色々とあって、とても暗い精神状況でもありました。。

 (妊娠中、私の父が急病で亡くなるというのもあり、実家の色々な複雑な家族関係などで、妊娠中、出産後も、その時の嫌な思いがあり、泣いている日々が多かった事がありました。。私は、記憶がとても強いときがあって、嫌な思いというのは、強烈に記憶に残るので、そういったことがあると、なかなか嫌な記憶から、抜け出せないというのがありました。。。)


61歳の誕生日のとき

1歳の誕生日のビデオを見ると、アルファは新聞のチラシをイタズラしていて、そのチラシを拾って私に見せようとしている場面がありました。私は、ちょうど食器を洗っていて、アルファの私への働きかけは、全く気がついていませんでした。

今この時期の親子のコミニュケーションを、思い出すと、母子お互いに一方的だったと感じます。私がアルファに、遊びを誘うと、アルファは知らんぷり、アルファが私に何かしら、関わりをもとうとする行動には、私は全く気がつかなかったり、私が家事で忙しくて、気がつかず、相手をしてなかったり。。。

歩けるようになったと思って、外に出すと、いきなり道路に向かって走るといった感じで、本当に外遊びは危険でした。危ないので、よく抱っこしたり、アルファの腕をつかんだりていました。でもアルファは、外に出ると走りたい気持ちがいっぱいのようで、走って行こうとするアルファを抑える私の腕を、アルファは、なんとか振りほどこうとしていました。


7息子が1歳になってから、

私はコンピュータ関連の仕事を再開して、アルファは、ほとんどおばあちゃんに、預けるという日々が・・・。保育園も申し込んでいたのですが、私の地域ではもう定員いっぱいで、4歳になってやっと入れるくらいの満杯状態でした。

在宅で仕事をしていたのですが、納期の関係もあり、徹夜で仕事することも多かった時期で、朝アルファのほうが、私より早く起きて、私を起こすのですが、まだまだ寝ていたい私は、「ウルサイ!!」と言って起きませんでした。 私を起こそうとしていたアルファは、そう言われるとよく泣いてしまい、泣きながら、アルファもまたそのまま寝てしまっていたというのも何度もありました。

今思うと、1歳過ぎたばかりで、まだしゃべれない息子が、お母さん起きて・・と私をゆすってきてくれたことを思うと、コミニュケーションが取れない・・という子供にも思えなかったのです。

私がアルファの発達で気がかりが出てくる2歳半まで、1歳から2歳半までの母子関係が大事な時期に、希薄な母子関係の時期を過ごしてしまいました。


9そして、2歳半の頃に、息子の発達について、気掛かりが出てきたので、

軌道に乗っていた在宅の仕事を辞め、育児に専念すると決めました。。保育園は何年も待たなくてはいけないし、おばあちゃんに子守をしてもらうのにも、限界もあったし。。

診断された時には、息子が1歳から2歳半までの期間の母子関係を、非常に悔やみましたが、悔やんでばかりいても、過ぎた時間は取り戻せません・・。今までの自分の育児を、反省し、今度は、悔やむことが無いように・・と思いました。

指差しが、コミニュケーションや言語の発達にとても関係が深いということも、知らなかった私です。

息子の言葉の遅れと、コミニュケーション力が弱い息子に、中川信子先生の「言葉をはぐぐむ」を通して、子どもの感性を感じながら育てていくということを、大事にして、毎日、毎日を、悔いが無い育児を・・と思って、育てていた幼児期でした。

言葉は、3歳で、2語文、3歳半で、3語文が出てくるようになりました。ですが、コミニュケーションに関しては、相変わらず、一方的・平行線のところがありました。

コミニュケーションを知る物差しとして、よくボール遊びが出来るか・・とかありますよね。。アルファは、もう、メチャクチャにボールを投げてくるか、ボールにじゃれつくか・・(苦笑)、3歳半で、3語文が出てきても、まだまだそんな感じの一方的な息子でした。


10私も、むきになって、ボール遊びが出来るようにやっていても仕方ないし・・。

とにかく、クルクル回るのが好きな息子、くすぐりっこが大好きな息子、水遊びが大好きな息子なので、公園で、タイヤブランコに乗せたり、プールに行ったり、たくさんくすぐったりして、体をたくさん動かしながら、息子の笑顔をたくさん見ながら、遊んでいました。

家の中で、つま先立ちも、よくしていたので、足からの刺激も、脳ととても関係あると知り、外では、裸足になってよく遊ばせました。息子も、裸足になるのが、大好きだったので、裸足で、のびのびと遊んでいました。


11言葉でのコミニュケーションがとりづらい時

言葉でのコミニュケーションがとりづらい時、どうして、会話でやりとり出来ないのかな・・?と普通は思いますよね。でも、「言葉をはぐぐむ」で教えてもらったのは、言葉だけが、コミニュケーションの手段ではないという事だったのですね。。

そして、心を育てるということは、どういうことなのか・・?、それを教えてもらったような気がします。

話しかけても、笑わない・・、知らんぷり・・・の息子・・・


1でも、息子の大好きな「抱っこしてグルグル回る」「ヒコーキ」「くすぐりっこ」「毛布でハンモック」「毛布でくるんでギュとしてあげる」アルファが大好きな、

この感覚統合に繋がる遊び・・これをしてあげると、とても、喜んで、アルファは、いっぱい笑って楽しんでました。

健常のお子さんなら、2歳?3歳から、簡単な言葉のやりとりで、コミニュケーションとり始める時期ですが、アルファは、言葉でのコミニュケーションではなく、大好きな感覚統合遊びで、笑い、楽しみ、それがコミニュケーションに繋がりました。

抱っこする、ゆすってあげる、高い・高いをしてあげる、赤ちゃんの時にあやす時にしてあげるこの感覚統合につながる動きは、アルファにとっては、2歳?3歳でも、まだまだ必要で、もちろん、4歳・5歳・6歳でも、こういった遊びを喜びました。


2「抱っこしてグルグル回る」「ヒコーキ」「くすぐりっこ」「毛布でハンモック」「毛布でくるんでギュとしてあげる」息子が大好きなこの遊び、これが心の発達と、コミニュケーションに、関係あるの?と思われますよね。。

私は、普通の母親なので、専門的にどうなのか?は、説明出来ないのですが、赤ちゃんなら、たいていこれらの感覚統合に関わる動きを喜び、笑う、そこから、コミニュケーションが育ってくる過程を思えば、納得出来ることだったのです。

また、うちの場合は、これらの感覚統合に関係する遊びが大好きでしたが、感覚が敏感なお子さんでは、いくつかの動きは、とても嫌がる場合があります。お子さんそれぞれですので、うちの場合は、とにかく、感覚統合を促す遊びで、息子がたくさん笑い、楽しんで、私とのコミニュケーションを育んできました。。


3それと、感覚統合を促す遊びをしている時、アルファはすごくハイテンションで喜びます。

こんなにはしゃいで、興奮させすぎやしないか・・?と思うのですが、実際は、そうでもなく、思いっきり楽しんだ後、とても落ち着きます。

小1の頃、担任の先生が、アルファ君にくすぐりっこしてあげると、すごく落ち着くので、みんなで遊びながら、くすぐりっこしました。。と言われて、本当に嬉しかったです。普通級なのに、こんなにも、わかってもらい、関わってもらっていたのです。

専門機関で、検査とか受けますよね。。アルファは、コミニュケーションが一方的というのが、強かったので、4歳くらまでは、検査での指示さえも、聞けなかったのですね。


4多動もあったので、幼児期の発達検査は、大変でした。

言葉のほうは、文字が読めるようになった幼稚園年長さんくらいから、絵本や図鑑などを、通して、言葉の単語が更に増え、話しを聞き取るのは、苦手でしたが、言葉の単語は、随分と増えました。

幼稚園は、遊び保育中心の園だったので、子どもも自由に遊べる時間が多くあり、幼稚園以外の時間では、療育などで知り合った方たちと、よく遊ばせて貰いました。

小学校1年と2年の時は、なんとか近所の子で遊んでくれる子が居たのですが、3年生になり、遊ぶ友達が居なくなってしまったアルファがとても心配でした。この頃は、まだ、会話が一方的・・という部分が残っていました。


54年生になり、担任の先生が、友達とほとんど遊ばないアルファを気にかけてくださり、

休み時間など、クラスの子と遊べるように、ドッジボールを誘ってくれたり、色々配慮してくださいました。

4年生の終わりくらいから、少しづつ周りを意識するようになり、自分中心だった世界が、広がったという感じで、今までは、仲の良い子だけに、親しげで、それほど仲良くない子には、全くの無関心・希薄・・、それともなければ、変にはしゃく?という態度が、随分と変ってきました。

そして、会話が一方的というのも、随分と減ってきました。


63年生くらいから、多動は徐々に減ってきましたが、5年生くらいから、更に多動が減ってきて、

随分と落ち着いてきました。

5年生くらいから、随分と落ち着いてきたと感じたのは、自分の思い通りに行かなかった時の、アルファの態度が、大きなかんしゃくを起こすことから、泣いて我慢する、イライラしながらも、気持ちが落ち着く保健室にいく・・に変ってきたことです。。

それと、学校での出来事を、気が向くと、少しづつ話してくれるようになりました。これは、小4の時の先生の働きかけが、小5になってやっと出てきたとも感じました。


76年生で、多動もおさまり、「リタリン服用は、もういいでしょう」

という主治医の勧めで、小1から小5までリタリン服用していたのが、小6で、終了です。多動は、なくなってきたものの、貧乏ゆすりが目立ちますが、これは仕方無いと思っています。

運良く?クラスで、休み時間、鬼ごっこするというのが流行り、多動な子は、動いたり、走ったりすると落ち着くというじゃないですが・・・、休み時間、鬼ごっこが流行ったおかげで、リタリンを辞めたばかりのアルファには、とても良かったんじゃないか・・と思いました。


9息子には、多動と感覚統合と心の育ちって、とても関係するものでした。。

一人でクルクル回るという動きは、2歳半から、目立ち始め、6歳くらいまでがピークでしたが、小3までは、よくクルクル回っていました。
(リタリンが効いている時間帯では、このクルクル回る動きは見られませんでしたが・・)

一人で、クルクル回る遊びが大好きでしたが、一人で回るだけでなく、幼児期から、抱っこして、クルクル回したり、タイヤブランコで、回してあげたり、プールに入りながら、回ったり、一緒に、いっぱいクルクル回りの遊びをしていきましたが、

クルクル回ることにより、目が廻って酔ってしまう・・というのが、よくやく出てきたのが小4で、それ以降は、一人で、クルクル回るは気持ち悪くなるので、自然と無くなってきました。。


10一方的な会話が減ってきたのも、小4あたりです。

感覚統合に関係する感覚を、自分から、好んで自己刺激していたのが、自己刺激する時間がどんどん減るにつれて、自分だけの世界から、自分以外の外に向けられてきたんじゃないか?って、勝手にですが、私は思いました。。。

そして、多動もどんどん減ってきて、更に落ちついて、自分の感覚の世界にいた息子が、自分以外の周りの世界を見れるようになってきた・・そんな感じでした。


11友達になかなかうまく関われなかった息子でしたが・・

小6のクラスで、色んな子とお友達になれるとても活発なお子さんがいて、学校の休み時間に、流行っていた鬼ごっこに、そのお友達がアルファも仲間に入れてくれ、皆でワイワイ遊ぶ楽しさというのを、経験させてもらった時期でした。

息子を見ていると、確かに低学年の頃は、妙にはしゃいだり・・したかと思えば、いきなり希薄になったり?、会話が一方的だったり、ハタから見ているとよくわからない、友達とのコミニュケーションでしたが、妙にはしゃいだりしてしまう部分なども、感情をうまくコントロール出来ない時期でもありましたので、興奮した感情ををうまくコントロール出来ないのも、アルファにとっては当然な状態だと思っていました。

小6くらいで、友達との会話のやりとり聞いていると、低学年の頃のような一方的な部分は、見られなくて、タイミングよく話しかけているし、会話の中で、突然はしゃいだりするのもなくなっているし・・・

そして、自閉傾向の部分も、もともと軽かった?というのか、そもそも自閉傾向と言っても、お子さんによっては、その内容は様々だと思うのですが、


2息子に関して言えば、多動が減るにつれて、感覚統合の自己刺激の世界を好んでいた時期から、自然と自分からその自己刺激を離れていくにつれ、
そうやって段々と落ちつくにつれて、息子が、自分以外の周りの世界を見れるようになってきた・・、やっと自分の以外の人を、落ち着いて見れるようになってきたという・・そんな感じでした。

自分の以外の人を、落ち着いて見れるようになってくると、皆の中の自分というのが、段々と意識できるようになり、また、感情のコントロールというのも、アルファにとっては、心の育ちと平行して、感情をコントロールする力もついてくる・・そんな感じがしました。

なので、こういった心の育ち方の順番は、健常のお子さんと変わりがないなぁと感じていました。ADHDのやりたくないことへの集中力の無さや、LD的なアンバランスさは、健常のお子さんと少し違った方法をとり、学校の勉強をしていても

アルファの心の育ち方の順番は、健常児の子の発達の順序と変わらないんじゃないかって・・・すごく時間はかかるけど・・・、アルファにとっては、健常の子が、赤ちゃん時代に、感覚統合を求めて育っていく過程が、アルファは、それを10歳近くまで、感覚統合を自分に求めていたこと・・

お子さんそれぞれの発達の経緯ってあると思うのだけど、アルファの場合はそんな感じでした。