![]() | アイメッセージがどのように良いのかはわかる。でもそのアイメッセージが通用する人と、通用しない人が居るのも事実だと思う。 自己中心的思考で、かつ人に対し、依存と甘えだけの人は、アイメッセージを右から左と聞き流すだけ・・・で、依然として、自己中心的思考で、依存と甘えだけの人なのだ・・・ | |
![]() | びっくりするくらいのタイミングで色々とあって、頭の中は飽和状態・・・・・。 特に発達障害に関することで、間違った考えを日々受け入れ無くてはいけないいということは、やっぱり辛い。 次のステージ行くのも、恐くなる。こんなに色々とあると・・・・。でも、良い場面だけ見るように努力しないと・・・・。自分が壊れてしまいそう。 | |
![]() | 偽善者から、発達障害について間違った認識を偉そうに言われる。 だから、私はそういうのは、本当に嫌なんだよ。 | |
![]() | グループホームは、どうですか・・? | |
![]() | グループホームに引っ越しました。 | |
![]() | その障害特性で困ってる当事者や家族に対して、何の責任も無いから言えるんですよ。 苦しんでようと、困っていようと、顔も名前も知らない赤の他人ですから、所詮関係無い相手ですから、何でも言いたいことが言える。 私は、被害者意識は強くは持ちたくないよ。でも、障害が無ければ、こんなにも、傷付く言葉を受けずに済んだんだろうな・・と思うことは、本当に今までもたくさんあった。 誰が好き好んで、障害を持ちたい思うのか・・??? | |
![]() | 当事者の人権の尊重や自立は何かと考えると、支援者側の偽善が、どうしても目に付くのだ。 その支援者側の面倒見てやってるという支援の仕方が、偽善なのだ。 当事者の人権の尊重や自立を無視してると感じるのだ。 しつけと称して、虐待している親は、偽善者か?虐待者か? 支援者側の自己満足、自己中心的思考を、押し付けていないか? 措置制度をずっと長く身に染みている人が、数年で変われるのか? 何年も、偉そうにアドバイザーしていた人が、傾聴の出来るカウンセラーになれるのか・・? 人権の尊重が少しでも出来る、共感性のある支援者が、主だって活動するようになるには、まだまだ何年も年数がかかりそう・・・ | |
![]() | 仕事のデキル人は、いちいち言い訳をしない。 言い訳、言う為の思考より、もっとデキル方法は無かったのかと考えるから。 | |
![]() | 嘘つきは嫌いだ!と思う人のSNSを覗いたら、私と同じように思ってる人ばかりで、嘘つき=自己中=自己愛者の図式は、やっぱりそうなんだ・・と思った。 嘘つきは、口達者でもあるから、次から次へと、嘘を言える・・。嘘を言っても平気でいるその神経というか・・、もう嘘をついたと解った時点で、こっちはもうその人を信用出来ない。 | |
![]() | 4つのバリアの意識上のバリアとは、どんなバリアか、当事者や関係者にしかわからない。 | |
![]() | 個人的には、気持ちは状況によって変わるから、大変な状況が急に起きた時に、何とか冷静に受け入れられるのは、今までの経験による気持ちの成長もあるけど、 少しでも精神的に安定した生活を送れてるというのも影響あるかな・・・と思う。精神的に不安定な生活をしてる中で、更に困難な状況が増えれば、「なんでこんなに困難な生活ばかり何だろう??」ってやっぱり落ち込むし、絶望度も強まるから・・ それにしても、何度もこんな絶望度が妙に強まる場に以前は居たな・・って思う。その時は、知らなかったんだよね。そこが自分にとって、いつも嫌なマイナスな気持ちにばかりなってしまうということを・・・。表面だけで中身の無い関係や、口先ばかりは、自分はすごく苦手なんだと思う。 今の方がずっと現実の中で生きてて、現実の中で認められてると思える。 | |
![]() | takuさん、キムチ鍋辛かったかな・・?鍋も、お店によって、味が違う場合もあるのかな・・。モツ鍋など、不味い所、美味しい所と、居酒屋によっては、かなりの味の開きがあるような気がします・・(^^) | |
![]() | 14日はデイケアの新年会でした。 生まれて初めてキムチ鍋を食べたんだけど・・・ あまりおいしいものじゃなかったというのが 正直な感想です。 | |
![]() | 澤口俊之先生・・かなりのステレオタイプ・・というか、ASPのような口調というか話し方・・というか・・・ | |
![]() | takuさん、明けましておめでとうざいます。 温泉良いですね。 今年もがんばりましょう。(^^) | |
![]() | 作業所へ行く回数を週1から週5日に増やしました。 昨年は作業所の忘年会で温泉にも行きました。 今年もがんばって生きていこうと思います。 | |
![]() | 怒りの感情の中には、悲しみがあると聞くのだけど、確かに私が福祉の事で嫌だなとか怒りを感じるのは、差別感を感じて、悲しいと思うからかもしれない。 そして怒る事で、相手を押さえ込み、自分の気持ちが一瞬でも通ったと思う。ある意味での自己満足・・ そう思いながら、苛めをしながら優越感を感じてる人を同時に思い浮かんだ。苛めをしながら優越感を感じてる人の中には、(苛めに快楽を持つ・ドSの人の苛めでなく、劣等感を持った人が自分より弱い人を苛める心理)、どんな感情のもとがあるんだろうって・・・ 優越感を感じると、自分の気持ち=自己が満足になる。自己満足・・。 悲しみから来る怒りと、苛めを一緒にしたくないけど、最後に自分が得たいのは、自己の満足感なんだ・・ 劣等感や不満や悲しみは、どうやったら、自己の満足いくくらい、自分でなだめる事が出来るんだろう・・・ 私の気持ちは確かに満足していない。不満・差別感を感じてる。そう感じると怒りになる・・。 | |
![]() | 子供の発達の問題から、今までもう10数年と相談をする側の立場(障害当事者側)でもあったので、 相談をする側の立場(障害当事者側)としての、相談を受ける側(相談援助者)の人とのコミニュケーション取る上での難しさを感じていたが、 今は、第三者的な立場で、相談をする側(障害当事者側)と、相談を受ける側(相談援助者)を眺めていて、思うことは、相談を受ける側(相談援助者)の資質として必要なのは、 観察力と、話を聴く力と、記憶力だ、と思った・・この3つがどれも弱いと、(相談援助者)としてはどうだろうか・・?と思う | |
![]() | 支援では、観察力はとても求められる・・。 人間観察は、昔からしてた・・。 自己愛の強い人・自己中人の観察は、ついしてしまう。理解不能だからこそ、全く親しくなんてなれないからこそ、遠くからの観察でしかないのだけど・・。 それにしても、自己愛・自己中の人は、大好きな自分が、他人から(表面的に)どう扱われるかは気にするが、現実には、他人・相手がどう考え・思ってるかは、理解しようとしない、理解出来ない??ので、結局は、ことごとく人のせいにしたがる。 言い訳が多く、自慢が多い、人のせいにすぐしたがる、無責任さが多い、自己愛の人の観察してると、世間に多く居る・仕事がまともに出来ない上司とタブる事も多い。 また、自分のミスを見られたくない・隠したい時に振舞う時、言い訳・自慢・人のせい・無責任となるのだと思う。 本当に、支援・援助の仕事をしてるというのなら、そんな事するなよって思う。それをしているのさえ、自分で気が付かないとしたら、素質無いよ、アンタ・・としか思うしかない。 | |
![]() | 相談した二人からは、そんなにウジウジ抱えていないで、直接言えばいいのに・・と言うのだけど、さりげなく言うだけでは、軽くあしらわれたり、右から左に流れるだけだったり、時には却下されて、別な内容に強制的に指示されたりするから・・ だから、ウジウジ抱えるつもり無いけど、直接言ってもこんな感じだったから言えなかったの。 でも、今日、とうとうハッキリと言ってみた。というか、もう怒りが自分の気持ちの中にあって、怒りのエネルギーで言ってしまった。 でもね。たぶん、別な部分で仕返しがきそう・・。だってそんな上司なんだもん・・ 私のこんな事情を知らないだろうけど、別の方が何気に親切だ・・。何だろう・・?? 少し壊れかけたか?気持ちをいきなりぶちまけるカタチに・・ でも、全部は言わずに、ほんの少し、ほんの少しだけ言った。 | |
![]() | 耐えてる事で、結果として何か得られれば、耐えて良かったと思えるが、 自分が壊れてしまいそうなまで・・の耐える状況には、自分でどこまで耐えたら良いのか?、どうしたらこんな関係にならずに済むのか・・?と思う。 | |
![]() | 健常児と障害児の子育ての違いを思った時、何が違うのかうまく言い表せなかった。 今少し言えるのは、障害児の親の幾人かは、自分が死んだ時、「この子も一緒に連れて行かないと、子供が可愛そう、不憫だと思う、死ぬに死ねない」と、子供を、自分が死んだ時、一緒に死後の世界に連れて行く方に安堵感を覚えてしまうのが、障害児の親の考え方のような気がする。 健常児の親の場合、いつ死んでも、「この子も一緒に連れて行かないと、子供が可愛そう、不憫だと思う、死ぬに死ねない」なんて思わないだろうし、子供を、自分が死んだ時、一緒に死後の世界に連れて行く方に安堵感を覚えてしまうなんてないと思う。 むしろ「孫の顔を見るまで死ねない」と思うのが、健常児の親じゃないだろうか・・と。 障害児の親なら、「孫の顔を見るまで死ねない」というより、そもそも「結婚して、子供を育てる??」どうかより、その前に「就職して、自立出来るのか??」が先立つから、「この子も一緒に連れて行かないと、子供が可愛そう、不憫だと思う、死ぬに死ねない」なんて思ったりするんじゃないか・・・ 親としていつ死んでも、「この子も一緒に連れて行かないと、子供が可愛そう、不憫だと思う、死ぬに死ねない」と思うかどうかが、健常児と障害児の親の思いの違いでもあるのかな・・と思った。 | |
![]() | 気圧は、関節痛・神経痛は関係するとあるが、発作とも関係があり、仕事上のケアの関係で、天気(気圧の変化)は、毎日のチェックとなってる (サザンカ梅雨) 春と夏を分けるのは梅雨、夏と秋を分けるのは秋雨です。 では秋と冬を分けるのはなにかというと、サザンカ梅雨です。 サザンカ梅雨という言葉は、ちょうど サザンカの花が咲く頃にあたることから使われ始めました。 ところで、サザンカ梅雨は一体いつ頃になるのか、 東京の過去30年の晴天率を調べてみました。 これをみると、11月5日頃から20日頃にかけて晴天率が低くなっています。 暦の上では、だいたい立冬から小雪の頃にあたっています。 このころが、サザンカ梅雨の時期といえそうです。 | |
![]() | 昔住んでいたマンションの間取りは、玄関→廊下→ダイニングルーム→リビング(居間)という間取りになっていて、リビング(居間)に行くまでに、ダイニングルームを通る。 マンションの3階という事もあって、部屋全体はそんなに暗くは無く、リビング(居間)は、ベランダ側で明るい。部屋の中央のダイニングルームにも一応窓はあるので、昼間は電気代も勿体無いので、ダイニングルームに昼間から、電気を付けるなんて事はしてなかった。電気付けるほど暗くないし。 なのに、母は、マンションに来るたびにこの部屋は暗いと言う。それに付け加えて「だから、鬱になるのよ」と言う。 私の「鬱の原因は、部屋が暗いせいだから」と言いたいようだ。 毎回このセリフを聞かされる度に、私はキレてた。 「私の鬱の原因は、部屋が暗いせいじゃない。子育てのストレスと旦那とのストレスから来る鬱だ」と何回言い返したことか。 でも、私の母にとって、「自分の娘が、子育てや旦那とのストレスで参ってること」より、「部屋が暗いから」というのを、鬱の原因にした方が、早く解決出来る感じがするし、娘から毎回聞かされる、面倒なトラブル話も、もううんざりという感じの私の母。 だから、こちらが一生懸命している話は、聞かないで、私の鬱の原因を、部屋が暗いせいにしたい母。 本当に目を向けるべき所に目を向けずに、短絡的に何かのせいにして、解決したフリをするのは、機能不全的な思考でもある。 「短絡的に何かのせいにして、はい、原因は○○でした。はい終わり」にしたいのが、私の母の思考の仕方。 「短絡的に何かのせいにして、はい、原因は○○でした。はい終わり」は、何にも解決にならない上に、問題からずっと目を背けるので、後で大きな問題になるのに。 でも、「何かのせいにした方がラク」だから「何かのせいにする人」があまりにも多くて、嫌になる。そしてそれが軽度発達障害的な思考でもあるのかもしれないけど。 | |
![]() | 職場では、職員での無い、非常勤の私にまで職員同様の研修に行かせて貰い、本当に感謝なのだが・・。 今、支援している内容は、軽度発達障害とは全く種類の違う障害の支援だけど、これはこれで問題が山積みで、現場の下っぱである私には、この問題と矛盾の山積みが沢山見えてしまう・・。 それでもこの障害とは違う種類の障害児を持った母親でもある私は、広い意味で、障害児を育てながら、悩み、苦しみ、喜んでという家族の気持ちはどこか共通点はあるから、私は上司の言葉より、障害児の母達の言いたい事の方がよっぽど理解できる。 長年支援している支援者でも、新米の支援者でも、障害児が社会で生きていく事を身にしみて悩み苦しんだ事の無い多くの支援者は、障害者へ「世話してあげてる??」といった感じが、どこかある。そう感じる。 「障害者の自己実現」という今流行の、障害者の自立支援の理想とは違う、現場の、現実の矛盾をひしひしと感じながら・・ 確かに、うちも「世話してあげてる??」という支援者に、助けて貰った部分もあったかもしれないが・・??。・・・でも、もっと対等だった気がする。。私が対等な会話が出来る支援者や専門家を選んで来た・・というのもあったのかもしれないけれど・・。 上司の事を「偽善者」と感じながらも、立場的に逆らわない自分。 自分も偽善者か?と自問自答しながら、自分は「世話してあげてる??」なんて絶対に思わない。「対等でいたい」と「誰にでも公平でいたい」と思いながら、 自問自答している事で、自分は「自問自答しないヤツよりマシ」とか「偽善者ではない」と思いたいのか?とか、思ったり・・。 | |
![]() | ある大学でのスクーリング会場の設定温度が26度。開始の挨拶で講師が「設定温度が26度にしてありますが、400人もいる会場で、暑い・寒いと言い出すとキリが無いので、なるべく各自で着てる物を羽織るなどして調整して下さい。どうしても寒ければ言って下さい」と・・ 秋分のある秋の日。秋晴れで、外気は暑くも寒くもない気温。 一般家庭では、冷房を入れない程度の気温の日に、会場では冷房を寒いと感じるくらいの体感レベルに設定してる。 空調が素晴らしいのか?、400人もいる会場なのに、冷房が効きまくって寒いくらいの会場。 休憩時間になった途端「寒い、寒い」と周りの人も言ってるので、会場のある講師の一人に伝えに言った。そもそも最初の挨拶で 「なるべく各自で着てる物を羽織るなどして調整して下さい。どうしても寒ければ言って下さい」って言う事じたい、設定温度を寒くしてあると言ってる様なもんだし・・ そしたら「日本全国、どこに行っても、どの施設での冷房は低めに設定しているので、各自の自己責任で体温調整して下さい」だって・・ 当たり前のように言ってくるこの言葉に 「前期のスクーリング会場は暑かったですよ。暑いくらいの会場で、それでもその時は、春の時期で、朝方は寒くジャケットを着る時期でもあったので、服を脱げは良かったけれど、今回は夏が終わった後の秋なので、皆薄手の服が多いです。衣服での体温調整が必要なら、そのように会場への案内に書いてください」と言い返した。 それでも「自己責任」と言ってくるので、内心あきれて引きかえした。席に戻り、周りの人に状況を話したら皆「そんな返事が返ってくるとはね・・」と、周りもちょっとびっくり・・ そもそも今の時代「eco」とか「省エネ」とかで、冷房効き過ぎる施設の方が、減ってると思うんだけどね・・???? 「ノーネクタイ」とか「クールビズ」の、冷房効いてない分薄着ですっていう時代じゃないの??って・・・。 そしたら、最初の挨拶の講師が、「寒いという声があったので、温度を下げます」と言って来た。私たちの席の周りの人達はほっとした。 そして、スクーリングの授業の後半の頃には、冷房はしっかり切られてもいた・・・・。もはやこうなると、なんだったんだろうね・・。 「日本全国、どこに行っても、どの施設での冷房は低めに設定しているので、各自の自己責任で体温調整して下さい」 っていう言葉・・。簡単に自己責任と言う言葉を使う人ほど、話す内容が常識からずれてて、相手に責任だけ負わせるよな、感じだったりするんだよ。 それと、冷房効き過ぎると、休憩時間のトイレに並ぶ女性の数・・。半端無いですよ・・。 | |
![]() | 電車がとても苦手なのか、お母さんに抱っこされながらも激しく泣いてる2歳くらいの男の子。かんしゃくおこしながら、頭を左右・上下に揺らしながら泣いてたら、電車の手すりに後頭部がごっつんこして、また激しくないてる。 頭を撫でで「電車嫌なの?もう少しの我慢だよ。我慢。我慢。」と、ごっつんこした頭を何度も撫でながら、お母さんに「どこまで行くの?」と聞いたら、次の駅のM駅で降りると言う。 「次は〜、M駅です〜」というアナウンスが聴こえたら、泣いていた2歳児が「M駅だ!」と言いながら、ぴたっと泣き止んだ。そして笑顔で、「M駅だ!」「M駅だ!」と、可愛く話しかけてくれるので、 「そうだね。M駅だね。よく我慢したね。偉かったね。」とたくさん頭を撫でた。電車を降りる時には、笑顔で手を振ってバイバイしていた。 子どもって本当に可愛い。 病院でも、電車でも、バスでも、お店でも、泣いてる子が居たら、必ず「どうしたの?」って声掛ける。そうすると、何故か側に居たほかの知らん振りしていた大人も、その泣いていた子どもを笑顔で見守るようになるんだよね・・ 「うるさいなーー」という感じの表情の人は、そばに居なくなるの。不思議・・。 少子化で、子どもを産め、産めと政治家が言うだけでなく、知らない子どもでも、可愛がる大人が世間にたくさん増えるといいな・・と思う。 そうそう、不況や経済の事を考えても、子どもが増えれば変わりますから・・。皆で世の中の子どもを可愛がろう・・。子は本当に宝です。 | |
![]() | 福祉事業又は、福祉的事業に関係している多くの人たちの中で。 確かに善かもしれないが、それでも偽善者が多いというもの事実。 福祉事業所はもちろんそうだし、障害者関連団体の会の一部の人たち。 本当の福祉なら、今本当に必要な事は何かわかっているはず。 必要な事に気が付かず、方向がズレているのは、当事者の事を考えていないで、自分の立ち回りを考えているから、ズレてくる・・。 障害者当事者の本当に大事なことは、この現実の社会でどう生きていけるかであって、その場しのぎの夢や空想や理想論でもないし、ある一部の能力の高い人の特別な事例でもない。なるべく多くの当事者に関わることを聴きたい。 夢や空想や理想論やごく一部の限られた事例を聞くより、現実に必要な支援として陳情書を地道に書いて出している団体の方が、現実の社会でどう生きていけるか真摯に考えていると思う。 | |
![]() | 去年の11月に会った時は、 「その人・個人を見たいから、支援情報など見ない」とか 「○さんの居宅はもう辞めても良いですよ・・と言われていたけど、私はそんなに負担じゃないし、○さんの居宅は、1時間で終わりなんだけど、終わった後も、いつもお母さんの話し相手になってる」とか言っていて、 自分のやり方以外の方法を取る人に、とても対抗するくらいの勢いを感じる、自分のやり方にとても自信を持っている感じで、 しかも、私とは考え方違うという印象も強くあったので、私の方ではその人の話を覚えてた。 昨日会った時には、 「その人・個人の支援情報をちゃんと見て、どういう支援をしたら良いかちゃんと把握してやってる」とか、 「今まで、○さんの指定していた曜日に居宅に行けなくなったので、○さんの居宅は自分は担当じゃ無くなったのだけど、○さんにすっかり依存されていたようで、自分が担当じゃなくなってから、○さんからクレームがきて大変だった・・」 という話を聞いて・・。ヘルパー時間外でも対応してたら、それに依存してしまうだろうな・・と思ったり・・ 前聞いていた話と随分違う事になっていたのだけど、家に帰ってから、その違いに気が付いた・・。次にいつ会うかわからないけど、その方の中でどんな変化があったのか、聞けたら聞こう・・ でも、きっと適当にごまかされるかな・・ 彼女は、いつも自分が正しいというような話し方をしてくる人なので・・ | |
![]() | 最近では、心理系や相談支援関係の資格の取れる学科に進みたがる学生さんは多く、その他には一般の方でも通える、民間のカウンセラー養成講座もたくさんあるようだけど、相談支援関係に進む人が多いという事は、競争率も高くなるという事で、相談支援関係のレベルも高くなるから良いことなのかもしれない。 (10数年前のように、公務員の人事関係や、教員免許を持ってるだけで、カウンセラーや相談支援員になれた時代とは違うから・・) | |
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