翻訳夜話2 サリンジャー戦記(←レビューリンク)
JDサリンジャーがわりに好きで、最近また読み返したりしてます。村上春樹さん翻訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」はまだ読んでいなんだけど、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の翻訳談話としての「サリンジャー戦記」を読んでみたら
サリンジャーは、
「勉強とかアカデミックにはどうも向かない」
「集中力がない」
「ただの怠け者とみられてしまう」
「病名が無かった、診断が出来なかった時代ゆえに、勉強に集中できない、自己嫌悪・自己処罰からくる、サリンジャーのアカデミズムへの批判・・・」
サリンジャーは、「一種のディスオーダー?」「LD?じゃないか?」とありまして・・。「集中力がない」のは、ADHD?ではないかなぁと軽く突っ込みを入れながら(^^;)
でも「LD」をちゃんと認識して下さっていない文化人も多い中、この視点はさすがだな・・と思ったりもしました・・・(まあ、私のような素人が「さすがだ」と言っても、「なにが?」って感じなんですが)
キャッチャー・イン・ザ・ライ(←レビューリンク)
確かに「ライ麦畑でつかまえて」「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を読むと、主人公のホールデンの成績のムラ加減、英作文は得意なのに、他の教科でなかなかふるわなくて、学校を転々とするところとか、とにかくムラがある。そして、人の話も興味が無い話だと眠くなってくるとか・・行動もどこか、突飛で・・私は、読んでてADHDもちょっとイメージしてたんですよねぇ。でも、LDのイメージもおかしくない・・。
こういう主人公の行動をスラスラと書けてしまえるのは、やはり作者自身にその傾向や感性がある程度無いとかけないと思うんですよね。。
そして、「サリンジャー戦記」にも書かれていましたが、JDサリンジャーのあの徹底と言えるほどの、引きこもってしまった現在。社会とほとんど関わろうとしないあの徹底ぶりも、やはり一般の方とはかなり違った精神を持っていると思う。
サリンジャーも一種のカリスマ的存在だけど・・・
「カリスマ」って、矛盾や疑問があるような思考の発言があったとしても、信者である?ファンの方達?が、その矛盾や疑問にも盲目になり過ぎて、なんでもかんでも、「カリスマ」の感性に同意するような・・・?そういうのハタから見てて、私は好きじゃないのだけど
サリンジャーのような徹底した考えの人は、「矛盾した考え」がほとんど無いので、むしろすがすがしいくらい(笑)。たとえば、翻訳する際には「あとがき」や「解説」や作者の伝記的事実を書き添えてはならいなど・・。
サリンジャーは、イノセントをすごく大事にしていたので、大人にありがちなずるさや矛盾はすくないんだけど・・・、むしろそこを大事にしすぎて、ちょっと危なげな部分も・・・(^^;)
ナイン・ストーリーズ(←レビューリンク)
↑ナイン・ストーリーズも好き。こっちの方が好きという人も多い。
ショートストーリーなので読みやすいですしね。でも、どこか切ないよ。サリンジャーの話は、いつも・・。その切なさが私は好きなのかもしれないが・・。
私がナイン・ストーリーズの中で好きなのは・・
・小船のほとりで
子供と母さんのやりとりがなんか切ない・・
・コネティカットのひょこひょこおじさん
純粋なウォルトの話がすごく印象的・・
など・・・
それと、サリンジャーに出てくる子供達を読むと、ちょっとお仲間?と思える子達ばかりです。。
だから・・・、子供を産んで育てている人が読むと、その子供たちが愛しくてたまらないくもなる・・と思うよ・・。独身の若い子が読むのとは違う感想を感じると思う。。
(このエントリは、2006-11-18にアップしたものです)
他・・MyBlog更新リンク
↓J.D.サリンジャー ライ麦畑でつかまえて -- キャッチャー・イン・ザ・ライの過去ブログより
http://happiness.cside.com/bunyabg/archives/2006/10/book_52.html
・↓どうでもいい日々の日記です(^^;) 今回のお題は「家庭教師・勧誘電話」です
http://d.hatena.ne.jp/boonya/20061115