受容って・・・・
ある先生が、「以前、障害の受容について話しましたが、受容については、これは難しくて、受容なんてそもそも出来ない。。それぐらい子どもの障害の受容は難しい」というようなこと、言っておられたのを思い出しました。。
子どもが嫌な思いをしたとき、「嫌だったよね、困ったよね」と、気持ちを代弁したり、共感してあげると、子どもも、気持ちが落ち着くことってあるじゃないですか・・・
大人でも、育児の中で、大変で辛い時、アドバイス求めているという話ではなくね・・・
ただ、「大変でさぁ」とふと、話した時に、「大変だったよねぇ。。うちも○○でねぇ。。」って言われると、すごく癒されることってありますよね。。たぶん、相手の方の大変さなどを、感じとり、同じように苦労しているんだな・・・自分だけじゃないのだから、頑張ろうと思えるのかもしれないです。
子どもの心に寄り添うには、取り繕うだけの言葉がけではなく、子どもを見守る心が本当にないと、寄り添えないよね。。そして、ADHD/LD/PDDあるなら、その心に寄り添うのも、本当に難しいよね。。
だから、心に寄り添う段階で、親の気持ちの葛藤があっても、不思議じゃないし、知ったかぶり、わかったふりしたような偽善的な気持ちが親にあったら、それは子どもにも、どこかで見抜かれてしまうと思う。。
「受容は難しい」 だから・・・・
だから、葛藤しながらでもいいから、一生懸命、その人なりに育ててれば、それでいいんじゃないかな・・と思います。
人に、あれこれ言うだけなら、誰でも出来る簡単なことだと思うけど・・・。
寄り添いながら、時間と気持ちを共有しながら、じっくり付き合うほうが、奥深いじゃないですか・・
そして、奥深いことほど、簡単な言葉では、表現出来ないものだと感じます。
そういえば、昔、子どもの相談で、こちらの話もまともに聞かずに、アドバイスをえんえんとする、決め付けたような言い方をする、先生に、よく出会ったけど、”話しをまともに聞かないで、よくアドバイス出来るものだわ。。”と感じ、もう相談しにくのは、辞めようと思った相談所が、あったけど・・・、
私は、良い人でも、素直な人でも、真面目な人でもないので、「話しをちゃんと聞かないで、あれこれ言う人」の言う話しは、聞けないんですよね。。うまく聞き流すっていう方法もあるらしいけど、私は、聞き流すということも出来ないんですよ。。。
特に私の場合、本当に相談したいという強い気持ちで話する時は、それはもう、強い集中力でいるわけですから、相手の話し、身振り、態度、全て覚えてしまうんですよね。。。
だから、まともに話しも聞かない態度もね、しっかり覚えてしまい、忘れられないから・・・・
だから余計に、もうあそこには、相談行きたくないな・・と普通よりも、強く思ってしまうかもしれない。。。
話しをちゃんと聞いてくれる人にしか、相談したくない・・。そのおかげか、子どものこともちゃんと見てくれ、本当に適切な話しをしてくれる先生達に出会えることが出来た。。
こんな私でも、こんな利点があったのだと、思うときがあります。