2007年12月03日

暖かくて純粋なもの

アルファが続けている療育は、指導の先生や、指導グループによって、その時々で療育内容や主旨が変わるんですが、今いる指導グループは高等養護の子から、普通科の私立高校の子、そして中学生と、ある意味色んな子が混ざってるグループで、

たまに帰りの電車で数人一緒になる時があるんだけど、本当に楽しい。
皆、個性がそれぞれ強いんだけど、どこか似た匂いを発してるせいか??一緒にいるとひとつの家族みたい(笑)

彼等の純粋さ優しさで、私の方が癒される。

2006年09月24日

Google Mapで、お出かけ一覧

Google Mapで、楽しく出かけれたところをいくつか載せてみました。お勧めの場所があれば是非教えて下さい。またそのお出かけ場所のお薦め情報も、のちのち載せたいと思ってます。

↓おでかけMap http://www.ashappy.net/map/

おでかけMapの使い方
1)赤いアイコンの黒丸の部分や、お出かけ地名をクリックするとふき出しと写真がでます
2)コントロ−ルバーで、地図を拡大・縮小できます
3)航空写真で見ると、山の噴火の写真が見れます

(注1)JavaScriptを、ONにしないと表示できません。
(注2)お使いのPCによっては、画面を読み込むのに時間がかかるときがあります。読み込み中の時は、「砂時計」や「時計」が表示されていると思います。
(注3)インターネット・セキュリティ・ソフトをお使いの方は、たまに画面が表示されない時があります。インターネット・セキュリティ・ソフト側が、Google MapのJavaScriptを遮断してしまうことがあります。

2006年07月29日

子どもを産むということは・・

(とあるメッセージから、私が想ったことです。
 傷ついて、どうしようもない気持ちを、人にぶつけるということは、
 そのぶつけ方によっては、ぶつけられた相手の方も傷付く・・そんな感じでした。。。
 
 私は、未熟者なので、冷静という言葉は、まだまだ自分には、なかなか身についていない感情です。
 未熟者だろうが、発達障害だろうが、自分なりに一生懸命生きていくことしか出来ない・・

 傷つく事しか出来ない時、自分ではどうしようも出来ないと絶望でいっぱいの時、あると思います。
 一人で抱えないで、助けてくれる人をどんどん見つけて欲しいと思っています。)

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子どもを産むって、勝手に子どもが生まれるわけじゃないよ。。
当たり前だけど・・、たいていは、子どもが欲しいと思って、妊娠するんだよね。。

中には、予定外の妊娠をした・・・と言う方もいるかもしれないけど、予定外の妊娠だとしても、産んで育てるか、どうするかについては、軽はずみに考えることではないよね。。

私は、26歳に、子宮内膜症という病気が原因で、卵巣にのう腫が出き、(宇多田ヒカルさんは、内膜症ではないようですが、以前に卵巣のう腫で手術後、すぐに結婚したというのありましたよね。。出産はまだでしたね。。)

子宮内膜症は、再発性のある病気で、病巣の場所によっては、手術が必要で、また子宮内膜症が発症していると、非常に妊娠しにくい状態になるので、子宮内膜症のために、不妊になっている方もたくさんいる病気なんですよ。
※子宮内膜症は、不妊の原因にはなりますが、障害児出産の原因になるというのは、ほとんど聞いたことありません・・、誤解のないようにお願いしますね。。

私の子宮内膜症が発覚した時も、すぐに手術となりました。まだ結婚もしていなくて、術後は、お医者さんに、「将来子どもが欲しいなら、早く結婚して子どもを産んだほうがいいよ」って言われました。
そういったこともあり、当時付き合っていた彼氏が、何とか私の旦那となってくれました。。


だから、私の場合は、とても子どもを望んで、産んだわけなんですよね。
私自身が、本当に子どもが欲しくて、授かったんですよね。

術後、わりとすぐに、子どもを授かることが出き、とても嬉しかった・・・、でも、いざ妊娠すると、最初は誰でも不安だったりしますよね。

友達から、妊娠中の赤ちゃんの胃に穴があいていたって人がいたよとか、
妊娠8ヶ月で、死産した人がいた・・とか、聞いたり、
マタニティ雑誌でも、妊娠中の赤ちゃんの発育異常や
障害を持って生まれた赤ちゃんという話しを、読んだりしていたので

産まれてきた子どもが障害を持っていたら・・という不安も、当然ありました。
五体満足な子どもが生まれるとは、私は確信してませんでした。

妊娠中は、妊娠経験のある友達に、こういった不安を話したりもしてました。私の友達は皆、「障害児を産むかもしれないという不安も持ったことあるよ。わかるよ。みんなそうだよ」って言っていました。。

私の友達は、そう言ってたけど、他の人はどうなのかな・・・??
自分の体からは、健常児しか生まれないと、自信たっぷりで、子どもを産みましたか・・?

アルファは、発達障害なので、産まれてすぐには、発達障害の兆候はもちろん何も見られません・・、通常発達の赤ちゃんにしか見えませんでした。だから産まれてすぐに、障害児ですとか、宣告されませんでしたが・・・、

数年たってから、発達障害があると聞いて、確かにショックでしたけど、
でも、妊娠している時から、誰でも、五体満足で生まれる保証は無いのだから
子どもが欲しい、子どもを産みたいと思ったのは、私だから、どんな子でも、育てなくては・・、とは思っていました。


もし病気をしなければ、こんなにも子どもを欲しいと強く思わなかったと思う。

障害児だから・・となった途端、子どもが疎ましくなった・・という気持ちになりにくいのも、そもそも、子どもが欲しいと望んだのは、私であって、私が望んで産んだのだから・・・、

アルファが3歳の時に、まず言語発達遅滞児とADHDの可能性もありと診断され、アルファが4歳の頃には、私のほうで、また子宮内膜症が、再発して、再度手術・・。 2度目の手術となってしまい、2度目の妊娠は、今度はとても難しくなってしまった。

一応、不妊外来にも行ったけど、2度の手術のダメージのほうが、大きかったようで、もう神様にまかせようと、不妊外来には、行くのを辞めました。


私の場合、けして平穏で生きてきたわけじゃないから、常に波乱万丈は、逆に慣れていたのかもしれない。。波乱万丈だからこそ、いっそ、死んだほうが楽かな〜なんて、若い頃から、何度も、思ったことか。

病気がきっかけで、生きてく事に、目覚めさせられたくらいなもんで・・・

だから、甘ちゃんで、人に八つ当たりしか出来ない人は、勘弁してくれっていうのは、私にはあるかもしれない。。

甘ちゃんの、八つ当たりも嫌いだし、たいした苦労もしてないのに、えらそうに説教するのも嫌いだしね。

家庭環境だって、両親は私が22歳の時に離婚してるし、26歳で自分が病気して、何とか子どもを妊娠したのもつかの間、

私が妊娠中に、父の病気、そして父が亡くなり、それだけでも、精神的にダメージだったけど、その上に、父のどうしようもない人間関係のとんでもないヤツから、父の事業の整理について、脅しの電話を受けたりで、もう最悪な妊娠期間でしたしね。


私が強いなんて、軽々しく言うなって・・・・
生きるのに疲れたことなんて、何度もあるよ。

むしろ、私が弱い人間だと、どこか直感で感じたから、ああいうことが言えたのかも知れないね。。
だって、弱い人間に対してのほうが、あれこれ言いやすいというのあるでしょ
それに強い人間は、こういうことに、そもそも反応しないしね。

障害児が、恥だと思うようだけど
どんな人だって、障害児を産む可能性は、0%では無いのだから・・・
健常児が産まれるが、当然、当たり前ということはないんだよ。。

健常児で産まれたとしても、病気や事故で、誰だって、障害者になる可能性はあるんだよ。

それに、障害児が恥なら、
優秀でエリート大卒で、学歴と職業の自慢話ししか出来ない人は、恥ずかしくないの?
価値観はそれぞれだから、性格や人格が悪くても、学歴や権力や財力があったほうが良いと思う人もいるからね。。

障害児が恥で、生きていけないという、今の境遇や、そこまで思ってしまう涙さんの状況が、どのようになっているか、私は何も知らない。。
でも、涙さんも、私が今までどんな風に生きてきたのかも、本当の事は何も知らないよね。

人を傷つけ、自分を傷つけても、何も得られないのは、知ってるはずだよ。
本当の意味で、自分を大事にして欲しいと思う。。
きちんと自分の精神状態をフォローしてくれる、信頼できるカンセラーを見つけてほしいと思う。

弱い人間ならば、助けてくれる人、必要じゃないの。。
私なんて、ほんと弱い人間だよ。だから助けてくれる人、探したよ。

だから、涙さんも自分の気持ちが安心して、相談出来る人、見つけて欲しいと思う。。

私の言葉じゃ何の説得力無いかもね。。。
かっこ良く、自閉症スペクタル児のパパさんをしているカイパパさんのブログでも見てください。
涙さんも、かっこいい学習障害児の母、目指そうよ。

http://kaipapa.livedoor.biz/

2006年06月28日

ケネスホール君の「ぼくのアスペルガー症候群」を読んで・・

ケネスホール君の「ぼくのアスペルガー症候群」を図書館で借りました。

やりたくないこと、つまらないことは、出来たとしてもやらないという、
ケネス君の感性は、息子に似ている〜と苦笑い

最後の章の”ぼくの信じていること”のケネス君のお話・・・
特に、「贈り物」、「頭がいいこと」、「自然」、「動物」「教会と戦い」「タイタニック号」「ルール」
などの話しは、私も同じ感性で思うことなので、読んでいて、なんだか嬉しくなってしまった。。

もちろん、ケネス君が話してくれるASについての話も、本当に参考になりました。

ケネス君は、ASの子ども達の為に、何かの使命?みたいなもの、
授かっているのかな・・・とあったけど、私もそう思う。

神様からの使命とか、伝える方法というのは、どんな人にも、
愛情を捧げながら、そして、謙虚だと、私は思ってる。。

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多くの人が、自分のところに集まってきても、集まってきた人達を自分の支配下にしたり、
集まってきた人達をコントロ−ルしようとしたりしない。。

自分のところに集まってきた人の中で、嫌な思いを感じたら、その思いを相手に伝えるだけ・・

したたかな方法で、相手を選んで、良い顔をしたり、見下したりした態度は取らない。。
どんな人にも、同じように接するだけだと思う。。

ケネス君は、自分で、好き・嫌いの2つしか無いと言うけれど、
これは、したたかな人がやる、好き・嫌いの判断とは、違うもの。

ケネス君は、ケネス君なりの、公平・公正だというところ、私はすごく感じる。
ケネス君の、好き・嫌いの2つしか無くても、ケネス君からの、
人への差別というのは、私は全く感じられない。。。

心に愛情がたくさんある人は、自分に得か?得にならない?、というのを基準に
相手によって態度が変るということ、そういったことは、そもそもしない。

それを、するのは、偽善者くらいだって、私は思う。

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ケネス君は、
感情的にカッとなってしまった時、誰かのせい、何かのせいにしてしまう

そういった感情を、ケネス君は、素直に認めることが出来ている

自尊心が歪んでいないからこそ、自分のそういった部分も、ちゃんとわかっている

本当に正直だし、純粋さをすごく感じました。

ケネス君は、自分の長所だけを、認めて、長所だけをアピールしたりはしない。。。
自分の短所にも、ちゃんと目を向けることが出きてる・・・。

自尊心のバランスが良いというのは、自分の長所も、短所も上手に認めることだと思う。。
それに、自尊心をバランス良く保つのは、すごく難しいことでもあると思う。。
だから、ケネス君、凄いなぁ〜と本当に思う。。


あわせて、「アスペルガー症候群の子育ての200のヒント」という、
ケネス君のお母さんの本も借りました。
子育てしていると、子どもの行動や発言の中で、自己中心な言動なのか?、不安でいる為の表現なのか?、試し行動をしているだけなのか?・・etc等わからないときあります。

(もちろん、親は超能力者ではないので、子どものことをなんでもわかることは出来ないし
子どもを充分理解していると、思ってしまい過ぎるのも、傲慢すぎますが・・・)

育児の中で、どう考えていったらよいかのヒントになる考え方がたくさん載っていました。

最後の章にある「アスペルガー星」のコラムがすごく良かったです。

<書籍名に、amazonのレビューページをリンクしたので、レビューも参考にして、読んでみてくださいね>


ケネス君のお母さんが書いた「アスペルガー症候群の子育ての200のヒント」を、
読んでいるうちに、家にある、ラッセル・A・バークレー著
「バークレー先生の反抗的な子も8ステップでうまくいく」を思い出してきました。

ASのケネス君がやっている、行動療法と、
バークレー先生のADHDの行動療法は、似ているところありますね・・・??
(お子さんによっての具体的な対応は、もちろんそれぞれ違うと思いますが)

だからこそ、ASとADHDの特性も、(当然違う面もあるけれど、)
共通項も、多いんですね。。

「手のつけられない子それはADHDのせいだった」メアリー・ファウラー著も、
思い出して、読み比べてしまいました。。

読み比べてみると、AS、ADHDも、コミニュケーションスキルや
ソーシャルスキルが苦手だったりするという、大まかに見た特徴は
似ている部分もありますが、当然ですが、違う。。
どんな風に、違うかというと、私がふと思ったのは

ケネス君の本を読んで、ASの人は、一人でいる時間がある意味、とても必要のような気がしました。。。
そして小さい時には、コミニュケーション・スキル/ソーシャル・スキルを、学ぶ時に
視覚的に捉える方法のほうが、あっていることや、
その子の持っている感覚の特性を、充分理解して
どのような感覚なら、不安であるか、どのような感覚なら、情緒が安心するか・・
など、理解してあげることが大事だと感じました。

以前に、テンプル・グランディン、ドナ・ウィリアムズを読んだ時、
一人でいる時間のことや、感覚についてのことなど・・・
似た印象をケネス君の本を読んで、感じました。。。


ADHDは、小集団でもよいから、子ども同士の関わりの中で学ぶほうが、
コミニュケーション・スキル/ソーシャル・スキルを身に付けやすい。。
そんな気がしました。。


行動療法で、思い出したのが、アルファが幼稚園年中の頃、
「生活自立の中で、やるべきことがちゃんとやろうとしない」と相談したら
心理の先生が、「正の強化」「負の強化」の、行動療法の本を貸してくれたのですね。

一人っ子なので、外遊びと、家でも一緒に遊ぶ・・・だけでも、けっこうクタクタな私は
その当時では、その行動療法は、とうとう出来ませんでした。。アルファは、ごほうびを喜ぶまで
まだ、心が育っていなかったのもあって・・・(^^;)

幼稚園の年長さんで、「子どもが聴いてくれる話し方と子どもが話してくれる聴き方」を
講演会で知り、肯定的な子どものへの言葉がけは、当時アルファには、参考になりました。
それから小二の頃に、「バークレー先生の反抗的な子も8ステップでうまくいく」を読んで
参考にした時期が1年半くらいありました。。

ただ、私が外で働くようになたら、また忙しくて、そこまで出来なくなってしまった。。
行動療法って、親もかなり根気がいると思います。
家庭で、何年も続けていらっしゃる方は、凄い〜〜!と思います。

2006年06月20日

のどかな住宅街

私が仕事から帰宅するのが、夕方で、お風呂にはいって、ご飯食べて、
「さあ、勉強しよう!」と声かけると(8時ごろ)、

アルファは、ダラダラし始める。。
今は、試験前なので、部活もないのに、疲れたと言い出す。
・・・・(;´д`)ノおいおい、母だけがヤル気になってもしょーもないじゃん。

あんまりにも、ヤル気なさそうなので、散歩することに。。
散歩しだした途端、元気だ・・・(´Д`;)

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日用雑貨屋さんの前にある、お菓子の自動販売機を見て

「ママ、この自動販売機で、お菓子をたくさん買うと
 お店から、おじさんが出てきて
 袋に入れようか?って聞いてくるんだよ。って友達が言ってた。」

と言うのを聞いて笑ってしまった。。

のどかというか、のんびりというか、・・・どこか優しい?ところがある街です。

2006年06月14日

日本むかし話〜

「ぼうや〜、良い子だ、ねんねしな〜」の日本昔話が、テレビでやってるんだけど
アルファが、
「ねえ、ママ、俺、この話し知ってる。幼稚園の頃、読んでもらったことあるよね」
と言いながら、「日本昔話」のテレビを見ている。

アルファが幼稚園の頃は、この「ぼうや〜、良い子だ、ねんねしな〜」の日本昔話は、テレビではやっていなかったのだけど、

アルファが幼稚園の頃、寝る前に毎日、絵本読みをしていた私は、
毎月とっていた、福音館書店の絵本や、キンダーブック、
図書館で借りた絵本など、ネタもつきることも多く、

本屋さんで、このテレビアニメ版の「日本むかし話」の絵本を見つけて、
子どもの頃、良くテレビで見たよなぁ〜と、懐かしく思い
アルファの寝る前の絵本読みに使っていたのだ。

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今までも、アルファからは、「ママ、○○してくれたことあるよね」とか
「俺、小さい頃、○○した」とか、
そういった過去にまつわる話しを、話すことが少ない。

まあ、過去にまつわる話しばかりと言っても、
悪い思い出ばかりを思い出してしまい、辛くなるのも大変だし・・
「ママ、○○してくれたことあるよね」って、しょっちゅう言われて
あれして、これしてと言われるのも、大変だと思うんだけど・・・(^^;A)

あんまりにも、過去にまつわる話しを、少ないというのも
思い出話しをするのも、少ないということにもなり、
それは、それで、淋しいものもあるので・・・

たま〜にでも良いので、過去にまつわる話しをしてくれると、すごく嬉しい。
たま〜には、思い出話もしたいし。

2006年06月03日

テンション高い・・・

最近、アルファのテンション高いようで・・
(調子に乗りすぎのようだ・・)

朝、クラスに入ったら、まず、「グッド!モーニン♪」と言い、
帰りは、クラスから出る時は、「グッド・バイ♪」と、言っているそう・・

「アルファの挨拶に、誰か返事してくれる人いるの?」と聞いたら
みんな、軽く無視らしいが。。。(やっぱりね・・・)

「やっぱり、誰も何も言ってくれないと、ちょっと不ニン感ある」と言うので、

「嫌な感じというのは、不ニン感じゃなくて、不快感とか、そう言うんだよ」
って・・

しかし、そんな中、一人だけ、返事してくれる子がいるらしい。。。

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一人だけ、返事してくれるこの子がまた、
すごくおしゃべりな子で、テンションがいつも、高い感じ・・
小学校は、別だったので、私もよく知らないのだけど、

新学期の授業参観で、この子の授業中の、
合いの手のような(笑)、テンション高めのおしゃべりに、
密かに、もしかして、軽く、仲間?
の傾向持ってるかも・・って、思う感じだったので・・

いつも、こういう、もしかして、傾向?持ってるかも・・
という子に、助けられているアルファ。。

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山アリ、谷ありだから、安心は出来ないけど
楽しい時は、楽しみたいよね。
とにかく、ひたすら、私は、感謝、感謝・・です。

2006年05月31日

忘れ物しないために・・

学校から帰ってきたアルファの腕に、大きく「体育○履き」と書いてあり、

「どうしたの〜?これ?、こんなところに、大きく自分で字を書けないよねぇ」
と聞いたら、友達が、書いてくれたという。

「へえ、誰が書いてくれたの?、しかもこんなにデカく・・」
「Kだよ」
「ふーん、なんで、K君が書いてくれたの?」

「Kが、手に何か書いていたから、オレが『何してるの?』と聞いたら、
『忘れ物しないように、手に書いている』と、言うから、オレの分も書いてくれたんだ(しかも大きく)」
と言う。

「そうなんだ〜。じゃあ、書いてあるもの、明日忘れないようにしないとね♪」
と私。

「字は、大きく書いてくれ〜」と、アルファが、K君にリクエストしたんだろうと思う
体とか、顔に、字とかちょっとしたイタズラ書きするのが、好きなアルファなもんで・・
(^^;)

K君がリクエスト通りに、大きく書いてくれたので、アルファはやたらと、満足げです(笑)
忘れ物しないように、書いてくれた友情よりも、大きく書いてくれたことに、
満足(´∀`*)しているアルファなど、こういうのが、
いわゆるちょっとしたアスペ(自閉)っぽい感覚だったりして・・・

K君は、アルファのクラスの学級委員さんで、小学校は、アルファと違かったので、K君のことは、私は、あまりよく知らないのだけど、

わりにおっとりした感じのお子さんで、ハキハキした会話のできる学級委員さんというより、おっとりした感じのちょっと幼い印象を受ける話し方をする、お子さんなのです。

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今まで、先生には、もちろん助けてもらっていたこと、たくさんあったけど、問題行動の多いアルファに対し、クラスで面倒見のよい子からも、かなり助けてもらっていたのです。

アルファがお世話になった、仲良くしてれた、クラスの面倒見良い子達は、
どちらかというと、おっとりした感じ、
どちらかというと幼い印象、
とても子どもらしい純粋な子・・
困っている人を見ると、手を差し伸べるのが自然に出来る..
そういった子ども達は、アルファの気持ちを理解してくれ、うまくフォローしてくれたんです。。

アルファの特性とか、専門の知識とか、もちろん子ども達は知らないのだけど
子どもの感性で、感じてくれて、それがまたアルファのフォローには
とっても、的確な関わりだったりして・・

困っている人を見ると、手を差し伸べるのが自然に出来る..
というのは、困っているのは、アルファもそうなんだけど
担任の先生も、アルファの対応に困ったりしてるわけで(^^;A)

ここで言う、先生の困った感というのは、
「アルファ君は、困ることばかりで大変で・・」という、負の感情の困った感というより
「アルファ君の為に、どんな風に関わったら良いんだろう」という
プラスな方向に行く為にどうしたら良いのかな?・・という
試行錯誤の困った感だったので、それが良い意味で、クラスの子に
通じてくれたんだろうと思っています。。

だから、先生と一緒に、アルファをフォローしてくれたというか・・

中学になると、そうもいかないよな・・と思っていたけど、今の状況では、先生もとても理解あるし、おっとりしてるけど、面倒見の良い学級委員さんもいて、今の状況は、アルファにとって、過ごしやすい学校生活だと思う。

これから、どうなるかは、わからないけれど、
今の時点では、良い感じで過ごさせてもらっていることに、本当に感謝です。
…(*´∇`*)

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民間療育などには、今でも通っているのですが、相変わらず、アルファの社会性の低さを、毎回先生から伝えてもらっていて、まだまだな、アルファなんだけど、
(´Д`;)

療育の中で、アルファよりもちゃんとしていて、できる子でさえ、
学校のレベルが高かったり、
周りの要求が高かったり、
出来ないことを馬鹿にするような雰囲気などが、
多くある学校に通っているお子さんは、本当に大変みたいだから・・

思わず、「うちの地域にいたら、そんなに大変な思いしなくてもすむのだろうな・・」
と思うくらい、人からはみ出してしまう個性を、
受け入れられないか、
受け入れられるかの、周りの人の意識の違いを感じる。。

2006年05月17日

真っ黒な靴下と、毎朝6時起きの弁当作り

中学入る前は、色んな不安が親の私のほうが強くて、毎朝6時に起きて、弁当作るなんて、私はちゃんと出来るだろうか・・?と、弁当作りにまで、不安がっていましたが、今は、朝早く起きて、弁当作れることがなんだか嬉しい。

靴下は、いつも真っ黒で、お風呂のお湯で、下洗いしないと汚れが落ちないのだけど、元気に部活やっていると思うと、真っ黒な靴下を洗う事さえも、嬉しい。。

そういえば、アルファの小さい頃も、どろんこ遊びで汚れた服、洗うの嬉しかったんだよね。
どろんこ遊びした時は、たいがい楽しく遊べた時だったから、私も嬉しかったし

それに、うちは、ひとりっこだから、いくら真っ黒といっても、洗う数も少しだしね。。


ところで、勉強は?というと、全然ですし(^^;)、
部活では、なぜか、転んだり、ぶつかってばかりだという・・

落ちているバトミントンの羽を踏んで、転んだり・・・
(バトミントンの羽を踏んで、転ぶってあるんだね。。??)

体育館においていあるピアノに頭ぶつけたり・・
大丈夫だった?と聞いたら、「オレ、石頭だから、平気」 だと・・・
それにしても、なんでまた、体育館においていあるグランドピアノに、わざわざ頭を?

でも、楽しいと言って学校に行っているので、私も嬉しい
ここまで来れたのは、支援してくださった先生方のおかげで、本当に感謝しています。

かといって、順風満帆というより、波乱万丈がつきないと思うので、そのたびに、また色んな方との出会いがあるんだろうな・・。

とにかく、今は、朝6時起きの息子の弁当作りと、真っ黒に汚れた息子の靴下洗いに、幸せを感じているこの頃です・・。


ここ2年くらい、私のほうが、非常に精神的に悪かったのですが、時間が経つにつれ、本当に、ここ最近、やっと、少しづつ、自分の気持ちも落ち着いてきています。
でも、フラッシュバックしてしまうきっかけって、何がきっかけか、わからないから、またいつ不安定になるかは、自分でもわからないのだけど。。

それにしても、2年も・・?、長い・・
本当に、どうしてもっと短くしてもらえなかったのか・・
2年の間に、記憶されてしまったもの、自分でもどうしようも出来ないことあるのに

よく、自閉症のお子さんの映像記憶のこと、聞くけど、映像記憶のフラッシュバックって、本当に辛いと思う。私も、様々な記憶のフラッシュバックで、精神的にダメになってしまうから・・

頭の中に、たくさんの記憶が残りやすい人には、過去の事が、現在にもつながちゃったりも、するんですよね。。
だから、良いこと、嬉しい事とかある時は、同時に、過去の良い記憶も、いきなりパッと出てきて、嬉しい気持ちが、すごく倍増したり出来るんだけど、

悪い出来事や、自尊心下げる出来事、続く時は最悪・・。過去の出来事まで、またパッパッと出てきたりするから、嫌な気持ちが倍増しちゃう・・・。

記憶がフラッシュバックしやすい人には、「過去のことは、忘れて・・」とか、「前を向いて、生きよう」と安易に、言われちゃうと、ますます、自分のような感覚って、普通の人には無いのかな・・と思えてきてしまい、ますます自己嫌悪になるしね。。

だから、気持ちがなごむ、安心出来る雰囲気でいてくれる、友達には感謝してます。

延々と自尊心さげまくっていた、少し前の日々・・
もう二度と、そういうところには、近づかないように・・気をつけないと・・と思う。
母の、心が元気でなければ、子育てにも、ホント、良くないし・・

人、それぞれ、自分にあう場所って違うから・・
自分にあわない場所を、居場所だと勘違いしないように、自分ももっと、見る目を養わないと・・

2006年03月03日

小学校最後の授業参観

小学校最後の授業参観が、あったのだけど・・

今まで、参観に行くたびに、廊下に飾ってある、図画工作や作文などを見てきて・・・・
2年生の時、飾ってあいないことがほとんど・・(出来なかったので、飾ってない)
3年生の時、ほんとうに、ごくたまに飾ってあった・・(たまには、作ったので、たまに飾ってあった)
4年生の時、作品が飾る機会を多く見るようになったが、「えっ?これだけ・・?」という作品ばかり・・
5年生、なんとか、飾ってあるけど、作品に関しては、うーーん、微妙な・・
6年生、すごく個性的というか、ぎこちなさが、ユーモアを誘うというか・・

6年生最後の授業参観で、廊下に飾ってあるアルファの自画像を見て、思わず噴出きだした。。
絵というのは、人の心を動かす力があれば、それでいいじゃないか・・と思いながら、噴出したので、笑わせる力がある絵というのも、良いのではないの?と思いながら・・。
(噴出すなんて、失礼な・・と思われる方もいるかもしれないけど・・・)


図画工作に関しては、幼稚園の時は、常に廃棄品(ヤクルトの容器とか、ダンボールとか色々・・)が置いてあり、そういったもので、自由に遊びの中で、色んなものを作って、遊ぶという感じで、よく作っていたのですが・・・

小学校に行くと、図画工作では、たいてい「テーマ」があるので、その「テーマ」にそって作るのが、まず出来なかったみたい・・。それと、不器用もあるので、余計に作れないというか・・

4年生くらいから、徐々に作れるようになるというのを見ると、一生出来ないかも・・という親の心配って、随分無くなってきますね。。

2006年02月10日

ADHD治療薬で、米政府が調査へ・・

ADHD治療薬で、死亡者が・・ということで米政府が調査へ・・

ショッキングな見出し記事ですが、調査の時には、必ずこういった報告があるのだろうと思います。

うちは、小1から5年生まで、リタリンを服用していました。(ドラッグホリデーはしっかりとっていましたが・・)どんな薬でも、副作用はありますので、原因究明後の報告も、是非欲しいですね。。

日本では、認可されていない「アデロール」についての記事ですが、参考の為に..
読売新聞記事
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20060209i304.htm?from=main3

↓「リタリン」「アンフェタミン」についての記事/WEBニッポン消費者新聞
http://www.jc-press.com/kaigai/200602/020901.htm

2006年01月20日

症例のあの子、元気かな・・?

最近、中学進学目前という状況の中で、私も気を引き締めて、初心にかえらなきゃと思うことが多いのか、アルファが診断されるまでの経緯を、思い出したりしています・・。
うちの場合、子どもを、専門機関で診てもらいたいと思うまでの経緯の一番最初のきっかけは、簡易保険の集金のおばさんの世間話しからなんですけどね。。

アルファが2歳の頃、ある日、集金のおばさんが
「そういえば、ぶーにゃさんのお子さんも言葉遅いじゃない。近所のお子さんでも、言葉遅いから・・って、市でやっている親子教室に、今度行くらしいわよ。ぶーにゃさんも、行っみたら?」
が、最初の最初のきっかけなんですから・・

私は、子どもの健康には、けっこう気をつけてましたが、発達に関しては全然気にしていなかったのですね。それに、仕事していたので、公園デビューもしたことなく、自分の気のあう友達と、仕事無いときに、子ども同士遊ばせていたりして、発達を比べるとか気になるということが全然無かったし・・・、集金のおばさんの言い方も、嫌な言い方ではなかったので、

「市でやっている言葉の遅い子向けの親子教室なら、タダだし言ってみようかなぁ〜」という、本当に軽い気持ちだったのですね。そこから先の話しは、→ここに、あるんだけど・・・、

まあ、その親子教室で、あまりにも傍若無人に振る舞う息子を見て、愕然としたというか・・(´Д`;)

「言葉の遅い子向けの親子教室」で、カウンセリングあるんですけど、納得いく話しも出来なくて、モヤモヤした気持ちで、何気なく家にある「家庭の医学(1992年度版)」を読んで、そこで、「自閉症」「言語発達遅滞」「微細脳機能症候群(MBD)」「学習障害」というのを知ったのですから・・・・

幼児だった息子を、専門機関で診てもらいたいと思うまでの経緯には、「簡易保険の集金のおばさん」と「家庭の医学(1992年度版)」が、とても重要なポイント地点にあったんですよね。。
ヽ(´ー`)ノ


家庭の医学での「微細脳機能障害症候群(MBD)」の書き出しは、「欧米と比べてわが国ではあまり積極的に取り上げられていない概念です・・」とあるんですよ・・。

「わが国ではあまり積極的に取り上げられていない概念です・・」という書き出しながらも、この症候群(MBD)を記載してくれた方々には本当に、感謝です。
そして、積極的に取り上げられていない概念とありながらも、「微細脳機能障害症候群(MBD)」の症例まで出ていて、

症例では、「7歳、落ち着きなく授業に集中できずに・・・・・字もうまく書けない・・・・・・遊戯療法などをしなら段々と落ち着いてきて・・・・・、9歳になり、苦手な工作もできるようになり、見違えるように落ちついてきました・・・・現在10歳、プールの時間になると、泳げないことを気にして、妙にはしゃいだりするクセは残っています。」と締めくくられていたんだけど。。。

「泳げないことを気にして、妙にはしゃいだりするクセは残っています。」というあたりなんかの行動は、読んでいてすごく可愛いかったのですね。。

その「微細脳機能障害症候群(MBD)」の症例では、そのお子さんが7歳から10歳までの様子を、簡潔に書いてあるのですが、まだ、幼児のアルファだったけど、その症例の小学生のお子さんの様子が、アルファと、すごくだぶって見えて・・・。すごく可愛く感じたんですよね。。
それで、もっと調べよう!と思い、本屋さんに行って、多動症候群の本を見つけて、ADHDを知ったという・・・

インターネット普及後は、ネットでサクサク調べられますが、当時の家庭内での医療の調べものと言ったら、「家庭の医学」というか・・・、とても時代を感じてしまいますが。。。
(^^;A)

それにしても症例のあの子、元気かな・・?。今では成人だと思うのだけど・・。


※「微細脳機能障害症候群(MBD)」という症候群は、かなり昔の概念であって、アルファが診断された時期には、既にADHD/LD/発達性協調運動障害/PDDなどの他の発達障害が主流になっていました。それでも、ADHD/LD/発達性協調運動障害/PDDは、まだまだ認知されていない時代でしたが・・・


「集金のおばさん」〜「親子教室」〜「家庭の医学」〜専門機関に行く・・・というアナログ経路を思うと、インターネットの普及後は、本当に情報の取得に苦労しなくなったのは、すごいな・・と思います。

当時は、私の友達が、たまたまアメリカ留学していたので、大学のインターネットを使い、私あてに電子メールを、よくくれていたんですね。。(その頃、日本の一般家庭では、インターネットは普及されていなかったので、私は仕事でデータを送るのに使っているパソコン通信で、友達とインターネットメールを、やり取りしていたんですね。。

(といっても、当時、友達とのインターネットメールでは、日本語変換出来なかったので、英数字しか使えなかったのですね、英文を書けない・読めない私とのやりとりでしたから、友達も遊び程度で、メールをよくくれたんですね。)

そして、インターネットが、日本で最初にマッキントッシュ(MAC)というパソコンで使えるようになる頃に、息子は診断を貰っていたんですが・・・

もともと、マッキントッシュ(MAC)というパソコンで仕事をしていたので、インターネットもすぐに始めようと思えば、出来たのだけど、その時には、すでにアルファは、診断されていたので、私はけっこう気に入っていた仕事だったのですが辞めて、育児に専念していたのです。

気に入っていた(MAC)の仕事を辞めたのもあったので、パソコンにはむしろ近づきたくなかったので、インターネットも、やりたいとは思っていなかったのです。。

アルファが小2になり、仕事に復帰する際に、新しいパソコンを買いそれからですもの、インターネットは。。それに、今では、英文のHPも無料で、翻訳して読めるんですからすごいですよね。

もう、いつの時代から、タイムスリップしてきたの?って感じです。

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ADHDってどんな特徴?診断など
http://park12.wakwak.com/~bluein/adhd/adhdld2.html

2006年01月07日

体を動かすって、やっぱり大事・・・

お正月も終わり、冬休みもあと少しで終わり・・
私の仕事は1月5日からでした!もっと休みたかったが・・・
・゜・(ノД`)・゜・

年末年始お休みだった、スイミングスクールも今日から行く事になってました。
私は仕事から帰り、アルファに、「今日、スイミングあるよ〜!」と言うと

アルファは、いつものように面倒くさそうに、行きたくなさそうにしてます。
〜(´Д`;)

でも、帰ってくる時には、いつも機嫌良さそうな顔で帰ってきます。
〜(´∀`*)

やはり、アルファには、スイミングなんだよなぁ〜と、思います。


スイミングが苦手なお子さんもたくさんいるかと思いますが、アルファは、小さい時から、水遊びが大好きだったので、感覚統合も兼ねて、プールで泳ぐのは、3歳からしていました。スイミングスクールに通い始めたのは、幼稚園の年中さんになる少し前になってから・・。

年少さんの年齢の時、もっと多動がひどかったので、スクールには通えませんでした。
年中さんになっても、多動が強かったけど、年少さんの年齢の時のほうが、プールサイドで5分座ることさえも、無理だったので、通えなかったのです〜
・゜・(ノД`)・゜・

でも、スイミングスクールって、小さい頃は親が、ガラス越しで見学するじゃないですか・・
あの時は、ほんと恥ずかしかった。。。
勝手に、グルグル駒のように回っていたり、もぐったり・・
水の抵抗があっても、やはりものすごい多動で・・、この多動のエネルギーはどこから・・?というくらいすごかった。。ヽ(´ー`)ノ


数年前に、エイメン氏のADHDについての本が出たとき、この本の中で「有酸素運動」が良いとあって、小さい頃から、今でも、スイミングをしているアルファのことを思うと、とても納得出来ることなんです。

幼児期の頃は、あの激しい多動を・・・、
(公園に遊びに行っても、常に走ってましたから・・。公園に遊びに行っていきなり凄い速さで、ランニングしている幼児なんて、アルファくらいでした・・。そのくらい多動でした・・・。)
(^^;)
とにかく、その強い多動のエネルギーを、水の抵抗と無重力によって、感覚統合も一緒に促すことが出来た事が、アルファにとっては良かったと思いました。

もともと、脳にとっては、体を動かす運動ってとても良いことで、特にウォーキングやスイミングなどの、有酸素運動は、運動の苦手な子にも、続けやすい運動だということもあり、取り掛かりやすい運動でもあると思うのですが・・・
もちろん、家の中で、ドタンバタン動き回るのも、運動になるんだけど・・・、家庭の事情で、そうもいかないですしね。。(^^;A)

アルファは、かなりの多動児だったので、家の中でも、突然ランニングしてました(汗)
賃貸住まいだった頃は、3階に住んでいたのと、今より、ずっと多動だったので、夜は、私も一緒に外へジョギングに出たりして・・、私のダイエットも兼ねて・・・
…(*´∇`*)


運動の良さは、体力をつけるのと同時に、脳の活性にも当然良いという、一石二鳥が良いなぁと・・
(ズボラな私は、一石二鳥というのが大好き・・・)
食事からの栄養を、脳や体の、全身に活かせる為には、食事の栄養を、血液のヘモグロビンが(鉄分には、酸素や栄養を運ぶヘモグロビンと関係あります)、栄養と酸素を、運んでくれて・・・、

運動の良さは、酸素と脳の活性のもとになる要素を、脳にどんどん運んでくれるということ、体を動かす運動をするということじたいが、脳の活性につながるということで、体を動かすのってすごく良いな・・と。


多動が随分とおさまったので、小6からリタリンはやめているのですが、スイミング帰宅後のアルファのあのスッキリした顔を見ると、(リタリンでは、確かに多動はおさまったけど、あんなにスッキリした良い顔は見れませんでした!)
スイミングは、出来ればこれからも、ずっと続けたいと思う。。

それに、多動が随分おさまったとはいえ、今でも部屋の中で、アルファは突然、ラインニング始めるんで・・。これって、なんなんでしょうね、、脳が求めているだろうなぁ・・・と思うんだけど・・・。
ヽ(´ー`)ノ

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リタリンとADHDの多動のことて...
http://park12.wakwak.com/~bluein/adhd/adhdld3.html

2005年12月30日

今年もあとわずか・・

今年もあとわずか・・となりました。
毎日が、色んな意味で色々出来事の多い育児だったりする中で、濃い一日を過ごされているかと思います。

来年は、どんな年になるか・・?(特に新学期が気になります)
いつもビックリ箱!?を空けるような気持ちで、向かえています。

(ADHD、LD、AS)を持っているお子さんの親御さんの多くは、お正月より、新学期が、まさに、1年の始まりのような気持ちが、強かったりするのでは・・?

(追伸)
今年は、色んな事件や自然災害、事故などがあり、大変な一年でした。。
少しでも早く良くなる方向に進むことをお祈り致します。

2005年11月21日

「限定された付き合い」と「限定無しで付き合う」こと

日本人は「和」をすごく大事にしていくことが、とても良いといいます。
私もずっとそう思っていました。

順番で回ってくる子ども会の役員をしていた時に、会長になられた方が、とてもワンマンなな人でした。
その方は仕事をしていてとても多忙な方でしたが、全ての内容を把握して、自分の思う通りに、事が進んでいないと気に入らないという人でした。

役員は、5人でやっていたのですが、会長以外の他4人は、会長の気持ちがなんとかうまく満足するように、かなり気苦労しながらも動いていましたが、けして、会長のワンマンぶりな行動や言動を、他の人に連鎖するようなことはしなかったので、誰かが、スケーブコード存在になったり、または仲間同士で、分裂するということもなかったので、「5人の和で」役員の仕事を出来て良かったと思いました。

これがもし、誰かをスケーブコード的存在にして、一部の人たちだけで、「和」が取れていたり、分裂した同士だけの「和」だったら、それは、本当の「和」ではないと思います。


子ども達、女の子同士の遊びの約束の仕方をたまに聞くと、「今日は、Aちゃんと遊ぶから、Bちゃんとは遊べない」ということが多いそうです。男の子でも、そういったことがあります。
皆で誘い合って、遊ぶ人がたくさんに増える・・・というのではなく、あくまでも、「Aちゃん」なら「Aちゃん」と限定付きなのです。

学校の参観日に行けば、お母さん同士、仲の良い人同士くっついている方も居ますが、基本的にバラバラな印象があります。私は、こういったバラバラな雰囲気が一番好きです。いちいち、限定した誰かとくっついている必要があるほうが、なんだか不気味だからです。


今の時代、発達障害が無くても、友達が出来づらい子ども達って多いのだろうなぁと思います。
友達を広げるでなくて、限定された中でしか、付き合わない子がすごく多く、また大人でもそういった人がかなり多いのですね。

大人なのだから、一人で行動出来るのでは・・?または、
社会経験がそれなりにあるのだから、ちょっとしたおしゃべりする時だけでも、必要以上に限定しなくても・・?
と思うのですが、誰か一人自分とペアで、常に一緒に居る人がいないと・・・、という人がいるんですね。。こういう方は、人との付き合いを、自分からは広げていかないんですね。ペアになってくれる人が、一人居れば良いみたいです。


限定された中だけでの付き合いが良いというのが、今後もどんどん増えていくんでしょうか・・・・??

2005年11月09日

不安や苦しい気持ちを、前向きに捉える為に・・・

人は、不安や苦しい気持ちを、前向きに捉える為に・・・、「宗教を信仰したり」、「良い心であれば、魂は救われる」という考えにすがる・・と、ある有名な脳科学者が言っておりました。

私は無信仰でして、不安や苦しい気持ちを、なんとかしたいときには、心理関係の本を読んだりしますが、なかなかすっきりしない時があります。
心の動きの理論を理解するのと、気持ちが穏やかになるのとは、また別なんですね。。

最近私が読んだ本で、なんだか気持ちが穏やかになったのは、飯田史彦さんの本です。
(内容は、シャーリー・マクレーンさんや、江原啓之さんのスピリチュアという考え方に、似てます)
障がい者の方々は、「チャレンジ・パーソン」と言い、この世に生まれるのに、生きていく困難を、あえて乗り越えようとして生まれてきた、とても素晴らしい志の方々だとあります。

飯田史彦さん御自身が、そういったお考えですので、講演会などでも、「障がい者の方々は、素晴らしい人達なのだ」というお話をされているそうです。

現実の障がい者ご自身、家族にとって、将来はとても不安なものでもあり、現実の社会では、どうしても遠慮がちに生活しています。
ある用事で、施設のボランティアに行った時、年老いた親御さんが、成人された障がいのある息子さんを、トイレについて行く時に、周りに迷惑なけないようにと、とても遠慮がちに周りの人に、気遣っている姿を見て、

迷惑かけないように・・・と思うのが身につくあまりに、遠慮がちに過ごすということが身につき、それが、いつの間にか、社会の中で、肩身狭く、小さくなって、過ごしている様子を見て、自分とも重ね合わせて、なんだか悲しくなってしまったことがありました。

なので、こんなにも、「素晴らしいんです!」って、堂々と言ってくださる方がいると思うと、なんだか嬉しかったです。そして、とても明るい気持ちになれる気がしました。

2005年10月01日

4○代突入とADHD傾向

誕生日が、4○代突入に向かい、ここ1年で、人の名前をすぐに忘れてしまうという状況が増えてきて、ADHD傾向に向かっているのがとてもよくわかる。
おっちょこちょいでドジというのは、昔からあったけど、記憶に関しては割りに自信があり、覚えていられたほうだったけど、それも難しくなってきた・・と、自分の衰えを感じちょっと淋しい。。

でも、こんな状況だからこそ、息子の内面的な状況がわかり、よかったというのもある。。
「あの人誰だっけ・・?」と聞いた時、教えてもらえば「ああ!そうそう!」となり、記憶にまたインプット出来る。
ここでもし、”すぐに教えてしまうと、甘えになるから、思い出すことに集中すべき”という考えなら、たぶん、思い出すことなく、「誰だっけ?」で終わってしまうと思う。

すぐに何でも教えてしまうと、”思い出すことの練習にならない”というのなら、ヒントを与えるのでも良いし、とにかく出来ない事を、無理し、中途半端にそのままにしないというのが、どんなに大事かわかる。

「あの人誰だっけ・・?」と思ったとき、”本当に思いだせない、でも思い出したい・・、だけど名前が出てこない・・、” なんか、すごく気持ちがスッキリしない・・。
教えてもらった時に、「ああ!そうか!」となり、失われたものを、見つけて戻すことが出来たようで、すごく嬉しい。

何度も言ってるのに、何で忘れるの〜?って、息子についつい言ってしまうけど、自分が、歳と共にADHD傾向になることにより、息子をもっと理解できたらいいな・・と思う。

2005年09月13日

当たり前のことかもしれないけど・・

2学期は、運動会の練習もあり、残暑もきつく、学校には水筒を持っていって良いとなっているのだけど・・・

水筒には、スポーツドリンクOKのようで、今年は、アルファ自身で水筒の用意をしているのを、見てびっくりしました。。
スポーツドリンク好きだから、飲みたいだけなのかもしれないけど・・。
でも、私に「水筒の用意して」とか言わずに、自分から準備をしている様子を見て、びっくりしました。。
嬉しかったです。。

でも、それ以外の学校の準備は、相変わらず、私が言わないと、やろうとしないんですが。。
(^^;)


4年生くらいまでは、運動会に関係することなんて、ただやらされているだけ・・・って感じで、気持ちが入っていないように見えたのだけど・・。
運動会の種目を、家でちょっと練習している姿も、たまに見かけるようになり・・
行事に対しての意識の芽生えも見えて、嬉しいです。。


ここ最近、↓私自身暗かったのだけど、
子どものささやかな成長に、喜びと元気を貰いました〜

2005年08月01日

夏休み

夏休みに入り、最初の1週間は、友達が何度か遊びに来たり、友達に誘われプールに行ったりしたのだけど、それ以降は、誰も遊びに来ないし、アルファは、家でひとりでゲームばかりしている。

なので、昨日は、「プールに行ってきな!」と送り出した。
(私は、体調の関係で一緒にプールに行けないので、
 アルファ、一人でプールに行かせた)
プールから、帰ってからアルファに、「プール楽しかった?」と、聞いたら「楽しかった」というので、安心した。。

今日も、私が帰宅後、一人だったので、昨日と同じように、「プールに行ってきなよ〜」と言ったら、
実は、昨日のプールの帰りに、知り合いの子に会い、「一人でプールに行って空しくない?」と言われた・・・と、アルファは、涙を浮かべ言ってきた。

「昨日は楽しかった」と言っていたのに、実はそうじゃない気持ちもあったようで、
「○○君にそう言われて、嫌な気持ちになったんだね。。」と、私が聞いたら
「○○の言ったせいじゃない!」と怒ってきた。

私は、仕事をしているので、昼間は、なかなか遊びに連れて行ってあげられないけど・・・
でも、夏休み、毎日のように一人でゲームばかりも良くないので、私も仕事帰りの夕方からでも、どこかプールに連れて行こうかと思っている。

一人でプールに行くのは嫌だけど、私と一緒ならいいと言うので・・・

2005年06月22日

「社会性うんぬん」もあるけど、「症状の強さ」もなのね。。。

以前から、ADHDとPDD(広汎性発達障害)の違いを、読んだり、聞いたりすることが多いのだけど、

以前なら、「ADHDは、整理整頓苦手、時間感覚や規律にはルーズ、こだわりがあまりない・・・」で、
「アスペ/高機能は、整理整頓上手な子もわりにいる、時間や規律は守るほう、こだわりがありすぎて、変更がなかなか効かない」
などは、わかりやすい違いだったのだけど・・・・

アルファは、「ADHDは、整理整頓苦手、時間感覚や規律にはルーズ、こだわりがあまりない・・・」ほうで、ただ”こだわり”と言うのか?、”アルファ自身が好きなもの、希望していたものが、別なことになってしまうと”、すごく怒ったり、納得出来なかったりしていた。

でもこういった時のアルファ様子は、PDDのこだわりというより、2〜3歳の子が、自分の思いとおりに行かないことで、怒ったり泣いたりに、非常に近いように見えた。。
なので、気持ちが少しおさまると、ケロっとしている、、PDDのこだわりであれば、おさまりにくいであろうから、”急な変更に弱い”については、”本人の期待度に関係したり”、”気持ちが少しおさまると、ケロっとしている”などあるので、こだわりとはまた違うような気がする・・・・。

「PDDのコミニュケーション」の部分で、「PDDは、会話のキャッチボールが苦手。自分の好きな話ししかしない」などは、確かにアルファは、低学年の頃は、これに当てはまること多かったけど、今は、随分よくなってしまった。。


最近では、重複している子が多いせいなのか・・、「”衝動性・多動”などは、PDDの子のほうが、症状が強い」と、いうような言い方を、耳にすることが多くなってきた。。

うーーーん、「症状の強さ」って、具体的には、どんな・・?と思ったけど、
でもまあ、担任の先生に専門書籍等を渡す時は、ADHDやLDの書籍のほうが、当てはまることが多いので、どうしてもADHDとLDという説明になってしまう。。

以前、主治医が、
「アルファ君は、広汎性(PDD)の部分も多少あるから・・・」と、担任の先生に、PDDの資料を、持ってきてくれたのだけど、担任の先生からは、PDDの資料から、アルファを理解しようとしてみたが、かえって、混乱したというか、「どうもPDDの資料から得られる情報は、アルファ君にはあてはまらない・・・」となったようで。。。

確かに、担任の先生の言い分もわかるし。。
でも、PDDと診断されたお子さんの様子と、アルファは、けっこう共通の行動もあるんですよね。。もちろん、全く違うところもあるんだけど・・・、
どちらにしても、アルファの行動や対応の方法については、ADHDとか、言語性LDのほうの説明が、わりに多く当てはまってしまうんだけど。。

微妙にPDD要素があるからこそ、PDD−NOSなんでしょうが。。(PDD−NOS=非定型自閉症=自閉症の基準に満たないが、自閉症的特徴を少し持っている)

別に、診断名にこだわる気持ちは、全然ないんだけど、PDDの要素が少しあると、PDDが優先というのがあるので、ちゃんとした基準に乗っ取って、担任の先生に説明すると、理解してもらう内容が、かえって複雑になってしまい、理解しにくくしているようで・・・。

基準って、あくまでも基準だということなのでしょうから、だからこそ、その基準に当てはめて、PDDを主体に説明しても、先生の理解や対応が、かえって悪くなるようであれば、あまりPDDを主体に出さずに、

ADHDやLDの説明などで、先生の理解や対応がスムースであれば、それでいいいんじゃないかと・・・。


PS;
ADHDとPDDの重複の子は、現実にはたくさんいるけど、診断基準があるので、PDD要素がある場合は、PDD優先と、通常は診断されることになっています。。。。

2005年05月20日

中学に向けて(1)

今日、中学のことで、言葉の教室の先生に相談しにいきました。とりあえず、うちのほうの学区では、アルファが中2になるまでの間に、特別支援のコーディネーターがつくようになると聞いて、なんとか間に合ってよかった。。

やはり特別支援が義務になってくれたおかけで、やっと実現できたよネ。。中学は、各教科先生違うから、相談する際にすごく大変だったと、聞いていたから、コーディネーターの先生がいるだけでも、嬉しい。

どれだけ、活用できるか、理解してもらえるかは、もちろん別な話しになるけど・・。

とりあえずは、地元の中学に行く事になるのだけど、不登校になった際の居場所とか色々、情報集めてます。
不登校になった際でも、出来れば家にこもらず、外に出て欲しいと思う。

家にいると、やはり生活のリズムがくるうし、何よりゲーマーなアルファは、それこそゲーム浸りな生活をしそうなので、朝起きて、外に出ることは続けて欲しいと思ってます。

先生と話していて、学校のことでの苦労や悩みより、社会に出る時期に、就職や自立などを考えるのが一番大変だよねって、話しにうつった。。
自立の時期になったとき、いかに学校での苦労のほうが、楽だったかと・・・。
確かに、そういいった話しを、よく聞くようになってきたのは、事実。。

はあぁ、将来の進路のこと、この手の話しは、まだまだ先のことだけど、視野にいれて育てていかないといけないのね、、

まあ、子育て上手な人は、きっとこういうことも、わざわざ私のように考えなくても、自然にうまく育児をされているんだろうなぁ。。


うちは、特別支援が、なんとか間に合ってよかったが、
特別支援の義務化以前に、中学時代を過ごしたお子さんの苦労話は、本当に聞いていて、大変だったと思います。

学校生活で、子どもが精神的なダメージを、たくさん受けてしまうようなことを、少しでも防ぐ事が出来るのは、その子ども将来のにも、とても影響あるですし

学校のほうでの理解が広まり、親御さんのほうでも、心のゆとりを少しでも持てて、先々のことを、考えられる時間を持てるようになれたのは、よかったと思うし、

(だって、学校側が、聞く耳持たず、話し合いも出来ない状況だった今までは、親は何としても、話し合いの機会を作る為に、どれだけの労力を使わなくてはいけなかったか・・。)

2005年05月08日

大村はま 先生

NHKの「わくわく授業」を、たまたま見ていたら、大村 はま先生という、昭和3年から、74歳で退官するまで52年間、子どもたちに国語を教え続けた先生が紹介されていました。

教育関係の方なら誰でも知っている、とても有名な先生なんだそうです。
私には、有名である、有名じゃないという事は、あまり興味はありませんが、ただこの大村先生という方を、初めて知り、とても感動をしました。。

大村先生は、「学習のてびき」というのを使い、授業をしていました。 大村先生は、生徒を指導することを「手引きする」と言い、教えるということは、生徒の手を引き導くことだと考えているのだそうです。

「学習のてびき」のプリントには、何をどう学べば良いかが、細かく書かれていて、「よく読みなさい」とか「さあ、感想文を書きなさい」と、言うだけでは、教えたことにならない。

何に注目すればよく読んだことになるのか、どのように作文を書いたら良いのか手助けをしたり、手本となる道筋をしめすことが重要だと、言っていました。

大村先生は、

「さあ、作文を書きなさい。」「読書感想文を書きなさい」と、漠然と言っても、何を書いていいかわからなくて、書けない人はいるのよ。

だから、私は、書き出しを最初に書いてあげるときもあるのよ。。
それじゃあ、個性がないという人はいるけど、私ごときが手を少し貸したからと言っても、人の個性は、そんなんで、簡単に消えたりしないでしょ。。

私ごときが、人の個性を消せるほど、そんな大それた事、出来るわけないわよ。。

と言っておられた。。


大村先生は、

すぐに出来ない人だっているのよ。そういう人に、少しだけ導く手引きをしてあげると、その人がね、「パァーと開いていくのよ」

この番組で、大村先生を、20分も見れなかったのですが、もう本当に、先生の言葉の数々に感動しました。。

大村先生は、どんな子どもでも、考えたり、学んだりするきっかけをたくさん作ろうとしていたんだと、感じました。

「わからない子は、いつの間にかそのまま置いてけぼり」とか、「いつかは出来るから、大丈夫とかで特に教えることをしない」とかでなく・・・


また先生は、

生徒一人一人が見つけた答えに、優劣がつかないようにするにはどうしたらいいのか

そういったことも常に考えておられたようでした。。

大村先生の詩の中で、「優劣のかなたに」という詩がありました。。

この詩にも、優劣関係なく、どんな子どもにも、学ぶ楽しさ、学んでいる姿の美しさ、を与えたいという先生の想いが、とてもこめられていました。。


子どもを誉めるときの話が載っていました
子どもを誉めることへの考え方も、本当に素晴らしいと思いました。。
ここにも、「優劣関係なく」の先生の想いが伝わります。
http://www1.e-hon.ne.jp/content/photo_4098400901_02.html

大村先生の記事
http://www.ed.shogakukan.co.jp/useful/hot_person/hot_person02-1.html



自分の頃の授業を思い出すと、いつも先生の話しを一生懸命聞こうとしても、先生が何を言っているのか、全然わからないことがあったのが、どの授業にも共通だった気がする。。。

先生の話が長すぎるし、よく聞き取れない、、
それに、その話しの中身は、どこを今指して、説明しているのかも、わからないくらいメリハリのない、お話ばかりだった。。

それでも、私は一生懸命、板書をしながら、話しを聞こうと努力していた記憶がある。。
部活で朝早く、午後には思わず、いねむりしそうになったことも、何度もあったけど・・

先生が授業で、色んな説明を、長々と色々言っていて、それがイマイチわからなくても、、「次の問題を解きなさい」とか、「これはどういう意味ですか?」などの、問題や質問については、答えることが出来たので、

あの先生達の、よくわからない、聞き取るのが非常に難しい、長ーいお話は、なんだったのだろう??と・・・。たぶん、先生達は、教えるつもりで、長い説明をたくさん授業でしてくれたのだろうけど、長すぎて、聞き取りにくくて、私は、先生達のあの長いお話で、勉強を教えてもらったという記憶が全然ない。。


今の息子の小学校の授業を見ていると、そういえば、大村先生のような教え方をする先生がいたかも・・と思いました。または、いつもではないけれど、確かに手引きのようなものを使い、授業を進めていた先生もいました。

そういった授業のほうが、息子にはあっていたので、
そのせいなのか、大村先生の授業の考え方というのに、とても賛同できるのだと思う。。

2005年05月07日

受容って・・・・

ある先生が、「以前、障害の受容について話しましたが、受容については、これは難しくて、受容なんてそもそも出来ない。。それぐらい子どもの障害の受容は難しい」というようなこと、言っておられたのを思い出しました。。

子どもが嫌な思いをしたとき、「嫌だったよね、困ったよね」と、気持ちを代弁したり、共感してあげると、子どもも、気持ちが落ち着くことってあるじゃないですか・・・

大人でも、育児の中で、大変で辛い時、アドバイス求めているという話ではなくね・・・
ただ、「大変でさぁ」とふと、話した時に、「大変だったよねぇ。。うちも○○でねぇ。。」って言われると、すごく癒されることってありますよね。。たぶん、相手の方の大変さなどを、感じとり、同じように苦労しているんだな・・・自分だけじゃないのだから、頑張ろうと思えるのかもしれないです。

子どもの心に寄り添うには、取り繕うだけの言葉がけではなく、子どもを見守る心が本当にないと、寄り添えないよね。。そして、ADHD/LD/PDDあるなら、その心に寄り添うのも、本当に難しいよね。。
だから、心に寄り添う段階で、親の気持ちの葛藤があっても、不思議じゃないし、知ったかぶり、わかったふりしたような偽善的な気持ちが親にあったら、それは子どもにも、どこかで見抜かれてしまうと思う。。

「受容は難しい」 だから・・・・
だから、葛藤しながらでもいいから、一生懸命、その人なりに育ててれば、それでいいんじゃないかな・・と思います。

人に、あれこれ言うだけなら、誰でも出来る簡単なことだと思うけど・・・。
寄り添いながら、時間と気持ちを共有しながら、じっくり付き合うほうが、奥深いじゃないですか・・
そして、奥深いことほど、簡単な言葉では、表現出来ないものだと感じます。


そういえば、昔、子どもの相談で、こちらの話もまともに聞かずに、アドバイスをえんえんとする、決め付けたような言い方をする、先生に、よく出会ったけど、”話しをまともに聞かないで、よくアドバイス出来るものだわ。。”と感じ、もう相談しにくのは、辞めようと思った相談所が、あったけど・・・、

私は、良い人でも、素直な人でも、真面目な人でもないので、「話しをちゃんと聞かないで、あれこれ言う人」の言う話しは、聞けないんですよね。。うまく聞き流すっていう方法もあるらしいけど、私は、聞き流すということも出来ないんですよ。。。

特に私の場合、本当に相談したいという強い気持ちで話する時は、それはもう、強い集中力でいるわけですから、相手の話し、身振り、態度、全て覚えてしまうんですよね。。。

だから、まともに話しも聞かない態度もね、しっかり覚えてしまい、忘れられないから・・・・
だから余計に、もうあそこには、相談行きたくないな・・と普通よりも、強く思ってしまうかもしれない。。。

話しをちゃんと聞いてくれる人にしか、相談したくない・・。そのおかげか、子どものこともちゃんと見てくれ、本当に適切な話しをしてくれる先生達に出会えることが出来た。。

こんな私でも、こんな利点があったのだと、思うときがあります。

>>理解と受容のことで思うこと