モラルハラスメントと機能不全と自己愛人格
モラスハラスメントは、人間関係の中で起こる出来事なので当然いろんなパターンがあると思うけど、会社の上司が行うモラハラは、その上司じたいにも何かしらのストレスがあり、そのストレスを部下に発散させるような、簡単に言えばヤツ当たりみたいな印象があります。
なので、上司のこのストレスが軽減されれば、上司のモラハラも軽減されたりします。これが、ストレス習慣型のモラルハラスメントだと思います。
そして、自己愛性格型(自己愛変質、自己理解のゆがみ)のモラルハラスメントの方がなぜ深刻かというと、
自己愛性格型の人は、家族暦、生きてきた人間関係、その長い年月をかけてその人格に出来上がってきた人なので、上司のストレスのように、長くてもここ数年のストレスとは訳が違うのは当然です・・・
自己愛性格型(自己愛変質、自己理解のゆがみ)人は、その自信にあふれた姿が、時には魅力的に見えます。また同時に、学歴や経歴があり、そこそこの上流家庭育ちであれば、お嬢様、お坊ちゃまとして、ほとんど気苦労というものから遠ざかって生きてこれたりします。
でも、自己愛性格型(自己愛変質、自己理解のゆがみ)の人、自己愛人格の人は自分を本当に愛してないとも聞きます。なぜなんでしょうか・・
そもそも「愛」ってどういう意味なんでしょうかね・・・・??
自分さえ良ければよいというのは、愛か?
自分は、いつだって悪くないと思えるのは、愛か?
自分に都合の良いことだけ解釈し、相手の心の傷付きには気が付く事が出来ないのは、愛か?
そもそも自己愛なんていう言い方が、誤解を招く気がすると思う・・
自己愛じゃなくて、自己中心的思考じゃないか・・・?
って思うけど。
愛というのは、どんな事も大きな器で受け入れるとする意味ならば、
本当に自分を愛してる人は、自分に降りかかることをちゃんと感じて、自分にとって耳の痛い事でも、背けずに認めることではないか?
例えば、自分にとって耳の痛い事でも、背けずに認めることとは、これは責任感につながる。
いわゆる自己愛の人がよくやる、依存的で自分の行動に責任を持たないというのとは、対極にある。
なぜ、対極か・・、
本当に自分を愛してる、大事にしている人は、人としての心の成長を心から望んでいるからだと思う。
自己愛の人がよくやる反省とは、身近な直接の相手には感謝したり、礼をつくしたりする事ではない。生身の人間には、頭を下げたりしないのだ。特に自分より下だと思ってる相手に対しては特にね・・。 教会に行って聖書を読んで、懺悔してることで心の成長が得られてると思ってる。
自己愛の人は、自分は特別だと思ってるので、自分にとって特別な人にしか、謝らないし、反省もしない。、自分は特別だと思ってるので、自分にとって特別な人、特別なこと以外は、どうでも良いのだ。
これが、世間で言えば、弱肉強食であったり、モラハラであったり、パワハラであったりもする。
心の成長とは、身近の人に対しての、思いやりだったり、感謝だったり、礼を述べることだったりすることなのに・・・。
なぜ、アルコール依存の自助グループに、「ACのための12ステップ」と「AAの12の伝統」など、霊的成長などという、考えがあるのか・・
人間としての成長を心から望むとは、
自分さえ良ければよい、ではない
自分は、いつだって悪くない、ではない
自分に都合の良いことだけ解釈し、相手の心の傷付きには気が付く事が出来ない、ではない
人を落と入れて、そして自分が優位にいることで、自分の安心感を得ること、ではない
常に自分が上の立場でいるということに、自分の安心感を得ること、ではない
人間としての成長を心から望む人は、人を落と入れる事で、自分の安心感を得ることなんて出来ない。そんな事したらむしろ罪悪感でいっぱいになる。
人間としての成長を心から望む人は、自分が上の立場でいるということに対し、人の上に立つというのは、どれほどの人たちの思いや思考を受け止めることが出来るのか・・、どれほどの大きな責任感があるのか・・と感じる。
高い位置の椅子に座って、ふんぞり返ってるような昔話に出てくる王様のような事なんてしない。
愛とは、心の成長を促す為の意志や努力する姿なんじゃないか・・と思う。
親が、子供を育てる姿にも当てはまる・・・
親という立場を利用して、子供を支配しコントロールすることじゃない。
子供の思いや思考をどれだけ受け止められるか、親として責任をもって育てること、その努力してる姿が愛じゃないの?
子供を育てる事に、子供に恩を着せ、自分のストレス解消にしてたりする。
変に我慢すると、恩着せ構しくなったりしない?・・・と思うけど、恩着せ構しさに愛は感じられないよ。
お母さんだって、大変なんだよって言っていいと思う。
言い方を工夫すればいいんだね。難しいかもしれないけど・・。
(↑これは、もちろん、自分に対しての言葉)
自己愛性格型(自己愛変質、自己理解のゆがみ)の人、
自己中心的な人の、一部の人の中には、
家柄、学歴、世間体、地位、経歴、などで、幸せや安心感を感じて生きてきた人もいると思う。
庶民は、そもそも家柄、世間体、地位、経歴、などあまり持ってない。せいぜい持ってるのは学歴や職歴くらいか? 庶民の間では、人間としての成長もある程度もってないと人して信頼してもらえなかったりする。
でも、家柄、学歴、世間体、地位、経歴、があれば、それほど人間としての努力や成長が無くても、信頼してもらえる。高い位置の椅子に最初から座ったまま、そこそこ生きていける。
だから、ストレスの感じ方も発散の仕方も、庶民とちょっと違うんだよ。
実際に、インテリの方がダブルバインドの使い手が多い。
(上流の方全ての事じゃないです。一部で感じた事です)
庶民は、ストレスに対して、赤ちょうちん行ったり、カラオケ行ったり、そもそもかっこなんかつけない。だってもともと別にかっこ良くないもん。偉くない。
庶民は最初から底辺をさまよってるので、上位席に居なくても不安にならない。
王様の気分を味わった事無いので、別に王様席にはこだわらない。
でも、生まれ育ったところが上流なら、上から眺めるばかりだろう。
小さい頃から、上から眺める環境で生きてきた。
ずっと、上位に居るから、上位から降りる事にとても不安を感じてる
その自分の負の感情を、出来るなら悪い印象を周囲に感じさせないで、
弱い者へ、そのツケをまわしてくる。
その状況が、モラスハラスメントと機能不全と自己愛人格、どれにも当てはまってしまう。
下流の場合、パワーハラスメントに行きやすいのかもしれないけど・・・
どっちがマシか?なんて・・比べるもんじゃないとは思う。