自分の心を偽るとき・・・
今だに生きるのがヘタなことに悩んで、よく本を読んだりしてしまうのだけど、「加藤諦三」さんの話しは、多くの心理本の中で、私は読んでいて、自分のことを気づかされる本です。
先生ご自身が、「関わる相手に対し、相手が満足する行動や言動をすることにより、相手に受け入れてもらう」ということばかり、せざるおえない環境で育ち、”自分の心に嘘をついてきた”、また”自分の正直な気持ちを出すと受け入れてもらえなかった”という、経験が長かったせいか、抑圧された中で、本当の自分の心を見失ってしまってしまいやすい人のお話が多いのです。
先日、いつも純粋な気持ちで、一生懸命介助の仕事している友達に会った時
「自分の心を見失なわないで・・・」と言われたんです。
つまり、自分の心に嘘をつかないで・・・と、
もちろん、社会に出れば、誰もが、好感もたれたい、認められたいとい思いがあると思うのだけど、鬱や神経症の素因をもっている方なら、その行動を完璧な形(完ぺき主義/理想主義)として、やろうとしてしまう。。自分に自信が無いから、完ぺきなもの、理想的なものとして、残ししたいと望んでしまう。。または、そうしないと、自分の気が済まないというのがある。。
自分に自信が無い部分を埋め合わせするために、完ぺき主義(理想主義)を求めてしまい、その完璧(理想)を求めるがゆえに、とても細かいところまで考えがいく・・・、
だからこそ「表面では肯定していながら、本当は肯定していない人間関係」でさえも、すぐに見破れる・・・
また、自分に自信が無いから、相手が否定的であるということに対しての感受性は、人一倍強い・・・。
相手が自分に、否定的ではないか?と感じながらも、最後には、自分を認めてもらおうと、自分の心を見失うくらいに、頑張ってしまいすぎるのですよね。。
自分に自信がないので、これで良いのか?どうなのか?自分でもわからない・・・、ほどほどで終わらせておくというのが、なかなかできない。。
そこが大きな落とし穴だと、言う事なんですね。。
ADHDやPDDなどの人も、自分がどれだけ出来るかの頑張り方を、コントロールしにくいので、時には、頑張り過ぎてしまい、気がついたときには、精神的にとても疲れてしまったということありますよね。。
確かに、周りから良い評価を受けるのは、とても嬉しいこと。。
でも、「表面では肯定していながら、本当は肯定していない人間関係」では、信頼関係を築くのは、難しい。。「心に嘘を重ねなければ、続かない関係は、けして良い関係ではないはず・・」
そしてそんな関係の中で、心をすり減らして頑張った結果、肯定的な言葉をやっと言われたとしても、自分は、何も充足感も満足感も無かったということ・・・。
だって、他人の評価だけの為に、自分の心に嘘つきながら、自分の心をたくさんすり減らして、ただやってきただけなんだもの。
そして、相手もこちらがどれだけすり減らしたかも、気付こうともしない。。
そこで、わかるはずなんです。「結果だけが全ての相手には、その相手の方の利益になることだけが良いこと」なんです。すり減らして、ボロボロになった心については、無関心なんです。
確かに、会社での業績なら結果で評価されることが多いと思います。
お給料を頂くというのは、厳しいものです。
ですが、会社以外の場所での人間関係で、こういった関係があるのは、ちょっとキツイですよね。。
自分の心に嘘をつかなくても済む関係・・、
「あるがままの自分の心を出せる関係によって、本当の信頼関係築けるし、自分も成長できる・・・」
本当の意味で大事しなければいけないものが、どのようなことなのかわかったときに、自分の為と人の為、自分の心も相手の心も大切に出来る、自分なりの関わり方というのが、やっと見えてくるんだと思います。
このお話の少し前に、あることがきかっけで、作業所にボランティアに行ったのです。
その時に、好感を持たれる為に頑張るとか、良い評価をされる為に頑張るとか、といった気持ちを持たずに、ただひたすらに作業所の人たちと関わる自分がいて、偽る自分がいないことが、本当に嬉しかった。。
そのあとに、たまたまこのお話を読んだので、「表面では肯定していながら、本当は肯定していない人間関係」では、自分がどれだけ、偽った気持ちで過ごしてきたのか、やっと気がつかされました。。